おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

She's a Rainbow (20世紀少年 第477回)

 いよいよ私の好きな第16集に入ります。かつて物語全体の構成を確認するために、最初の3巻と最後の3巻を何回も読み返したのものだが、それ以外に最もよく読んだのが、この第16集の前半である。おかげで製本が崩れてしまい、はずれ落ちた数ページは、セロテープで応急処置をしてある。

 嬉しいのは表紙絵からして華やかなことだ。「20世紀少年」の単行本の表紙は、全体におどろおどろしいもの、謎めいたものが多いが、第16集だけは夏の青空と白い雲を背景に、「おい、こっち来て見て見ろよ」と振り向いて仲間を誘うケンヂの声、すでにお話しが始まっているのだ。


 次の口絵は、すでに向き直って走り去る白い野球帽とランドセルのケンヂ、右腕にセカンド・バッグを抱えて青の開襟シャツ姿でケンヂを追うオッチョの背中、置いてかれて「待ってくれよお」と慌てている赤い横縞のTシャツを着たヨシツネの姿。やっぱり、私は彼らの少年時代が好きなんだな。

 版によって違うということがあるかどうか知らないが、私の持っている単行本で巻頭カラーになっているのは、この第16集と「21世紀少年」の上下巻のみである。第16集が色刷りになっているのは、第1話「虹のつけ根」に本物の虹(ウィルスの霧で出来たニセモノではない)が出てくるからだろう。この3巻は、このためお値段が高い。


 ケンヂに呼ばれて階段を駆け上がっていく2人の少年の顔は描かれていない。そのうち左側のひょろ長い男の子は、頭蓋骨の形からするとコンチかもしれない。当然のごとく「待ってくれえ」と遅れをとっているのはマルオで、彼が珍しくランニングシャツ姿ではないのは、これが学校の下校途中だからだ(この人数で一緒に登校はするまい)。

 右後ろを振り返りながら、「見に行かないの?」と声を掛けている赤いランドセルを背負った少女は、その独特の口唇からしてユキジに違いあるまい。彼女が話しかけている相手は、後の展開からして、たぶんフクベエである。「いや、別に見に行ってもいいけどさ」という心理の描写がある。このひねくれ方は、やはりフクベエであろう。


 階段を登りきったところで、彼らは一斉に「虹だぁ」と歓声を挙げている。オッチョだけは大きな目を見開いて、口元に笑いを浮かべて嬉しそうにはしているが、例によってちょっとクールに黙っている様子。中天にかかる虹の下、松の湯の高い煙突や、なぜかケンヂたちの町に多い質屋の看板も見える。

 ただの虹かよ、そんなことで呼ぶなよと心中でゴタクを並べているのは、もちろんフクベエであろう。ただの虹とは聞き捨てならぬ。虹は、日本で日常的に観察できる気象現象の中で最も美しいものだと私は思う。オーロラもきれいらしいが、わが国からは見えないもんね。

 
 外国人さんにも虹が美しく見えているのは疑いようがない。「素晴らしきこの世界」の歌詞では、虹の色は「pretty」と表現されている。ストーンズの「She's a Rainbow」は彼らの作品中、これだけカラフルでリリカルな曲も珍しいであろう。

 この曲は今は亡きニッキ―・ホプキンスによる軽快なダンスのようなピアノで始まる。ブライアン・ジョーンズキース・リチャーズの「うらら」というバッキング・コーラスが可愛い。ストーンズを好かない奴なんか信じないと加藤和彦は言った。


 虹は7色と教わったが、国により文化により数え方は異なるらしい。西洋では両端の色を赤と紫だと決めたらしく、可視光線の両隣の電磁波が、赤外線と紫外線になっているのはこのためだ。

 フクベエらしき少年が説明しているとおり、空気中の水滴が光を様々に屈折させるため、複数の色ができあがるのが虹の原理だが、子供が描くように七色に明確に分かれているわけではなく、第1話冒頭の絵のように、徐々に、ぼんやりと色が変わっていく。虹は、にじんでいるのである。


 フクベエを置き去りにして歩いて行く少年少女は七人。虹は七色。第4週でオッチョが爆破した工場で、”ともだち”一派が製造していたドラッグ「七色キッド」の名の由来が、フクベエのこの記憶にあったかどうかは定かでない。

 なお、この虹の場面と次の教室のシーンは、フクベエらしき少年の視線で描かれている一人称作品(First-person narrative)である。映画「湖中の人」の手法と同じだ。したがって、表紙絵でケンヂが視線を合わせて誘っている相手も、ユキジの隣で彼女の横顔を見ているのも、この語り手である。虹は太陽の反対側に出るので、地面には彼の影が落ちている。

 ケンヂが、海で夕立ちが降ったあとで、虹のつけ根を見たと威張っている。相手をしてやっているのはマルオだけで、オッチョは背中で聞いているのみ。フクベエらしき少年は、自分も見たことがあると心の中で叫んでいる。その根拠は、「見てないわけ...ない!!」という不思議なものだ。「きれいだったね」とユキジが言って、虹のシーンは終わる。




(この稿おわり)






5年ぐらい前に自宅から撮影した東京の虹。
建物に隠れて付け根は見えない。








She comes in colors everywhere.
She combs her hair.
She's like a rainbow.
Coming, colors in the air,
everywhere,
She comes in colors.

"She's a rainbow" by The Rolling Stones














































































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