おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Stevie Wonder at Radio City Music Hall (20世紀少年 第475回)

 脱線します。第14集の最後から2ページ目に、防毒マスクのセールスマンがウィルスをばらまいている絵があるが、そのうちの一枚に「RADIO CITY」というビルが見える。私はこの会場で、生涯最高のコンサートを観た。この場所を同時多発テロの現場に選ぶとは、絶対に許せん。脱線せずにおられようか。

 1988年か89年、先日も書いた初めての東海岸への旅行の後半で、ニューヨークには3泊か4泊したと思う。夜はブロードウェイのミュージカルやニール・サイモンの演劇などを観て、昼はお上りさんらしく自由の女神や美術館めぐりをしたのだが、最後の一日だけは、足の向くまま気の向くままにマンハッタンを歩いた。


 ふと見れば、道端で20人ぐらいが行列を作っている。その前の建物を仰ぎ見ると、看板に「ラジオ・シティ」と書いてある。アメリカ暮らしも2年近くなのに、恥ずかしながらここが知名度、歴史、規模のいずれもにおいて、世界屈指のコンサート会場であることを知らなかった。だが知識がなくても好奇心さえあれば、そして、とにかく行動を起こしてみれば、時には幸運に巡り合うこともある。古来、犬も歩けば棒に当たるのだ。

 急ぐ旅でもなし、行列の先頭に行ってみると、そこはチケット売り場の窓口であり、そのとき売っていたのはスティービー・ワンダーの追加公演の当日券であった。彼はここで1週間(!)の連続コンサートをやったようで、好評につき一日、追加したらしい。ためしに並んでみたら、後方の席だったがチケットが手に入った。

 
 開演時間が来て、広いホールは見渡す限り、私以外すべて黒人である。これがアメリカの現実なのだと思った。全盲の彼は、幼稚園児くらいの男の子に手を引かれてステージに登場した。二人とも、ゆったりした真っ白の服を着ていて、例えが悪いがフクベエとサダキヨが作ったテルテル坊主にそっくりであった。

 スティービーは、途中15分ぐらいのお喋りタイムを挟んで、たっぷり3時間、ひたすら歌い続けた。大変な体力というばかりでなく、声量も落ちず、歌詞もよどみがない。途中で熱演のあまりつまづいて転倒し、係の人たちに助け起こされる間も歌っている。そして、ベスト・アルバムを2枚持っているだけで、あとはFMでときどき聴いていた程度の私でさえ、全曲知っていたというのも驚きである。夢のような出来事であった。


 ここから先は余談です。この旅行に出かける少し前に、偶然、アメリカ人の同僚との間で、スティービー・ワンダーが出てくる話題で盛り上がったことがある。正確には、その話題の主人公はエディ・マーフィーで、彼が障害者の人権保護団体から激烈な非難を浴びているという内容であった。

 テレビ出身のエディは、少し前に「ビバリーヒルズ・コップ」の大ヒットで映画スターの仲間入りを果たしていたのだが、その後もテレビのコメディ番組に出演を続けていたそうだ。

 その番組における馴染みのネタの一つが、スティービーの物真似であったらしい。ご承知のとおり、彼が歌唱・演奏をしている最中の身振りは独特のものがある。エディはしかし、抗議されても止めなかった由。私はついに見る機会を得なかったが、とにかく似ていて、とにかく面白かったらしい。


 私が観たコンサートのトーク・タイムで、スティービーは、ニューヨークの前にシカゴでもコンサートをやったという話題を出し、シカゴ滞在中にテレビを「聴いた」話をした。通常、彼の英語はとても丁寧で分かりやすいものだが、このときはライブ熱演中だから、べらんめえ調であった。「You know, I don't watch TV. I just listen, man.」という調子である。場内は大笑い。

 しかも、スティービーによると、その夜のテレビに「エディ・マーフィーのやつが出て来やがった」と続いたから、楽しい楽しい。しかし、間もなくスティービーが語調を変え、乱暴な言葉づかいと機関銃のような早口でしゃべり始めたとき、ネイティブの観衆は大爆笑を始めたのだが、私には何が起こったのか、しばらく分からなかった。とにかくお喋りを聴いているうちにようやく分かった。

 アメリカでも映画をたくさん観た。当然、日本語の字幕はない。台詞が分からないことも多いというデメリットはあるが、その代り、俳優の声や喋り方の特徴を自然に覚えてきて、それも映画の楽しみになるという利点もある。エディの登場作品も何本か観ていたので、ようやく私は事態を理解した。スティービー・ワンダーは、エディ・マーフィーの物まねをしていたのである。




(この稿おわり)







宮古島で飲んだオリオン・ビール(2012年7月12日撮影)







We are strangers by day,
lovers by night.
knowing it so wrong,
feeling so right.


昼間は知らぬ間柄
夜は恋人同士
理屈じゃ悪いと知ってはいるが
この体がそうは言わない


 "Part Time Lover"  by Stevie Wonder




















































































































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