おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

私の私の彼は (20世紀少年 第474回)

 もう30年も前のことになるが、北海道の旭川のあたりで、何人かのアイヌの人たちに会ったことがある。眉太くして眼光鋭く、その独特の衣装とあいまって、日本にも違う民族が住んでいるということを実感して嬉しくなった。日本は単一民族国家だとよく聞いていたが、それ以後はそう考えないことにしている。
 
 とはいえ諸外国と比べると、この国は本当にお互いよく似た人たちがぎっしりと暮らしているのも確かで、クラスに何十人いても同じような顔、同じ言葉、同じような趣味嗜好の持ち主である同級生に囲まれている。このため、ちょっとした違いが実際以上に目立ち、強調されることになる。あだ名にされて、からかわれたり、いじめられたりする。目玉のオッチョとか、ドンキーの鼻水タオルとか。


 中でも恰好の標的にされたのが左利きではなかろうか。今は放送禁止用語にでもなったのか、滅多に耳にすることもなくなったが、左ぎっちょとか、単にぎっちょと散々呼ばれて、嫌な思いをされた方も多いだろう。

 今でもよく覚えているのは、中一の習字の授業中に、左利きの生徒に対して、国語の先生が「左利きは学力が落ちるぞ」とすれ違い様に言ったときの、その生徒の悲しそうな表情である。悪い先生ではなかったのだが...。

 今や手書きの機会も減ったキーボード時代、無理して矯正する必要もなくなってきたのではないか。かつて、麻丘めぐみが「私の彼は左利き」を唄ったとき、全国の左利き少年は大いに溜飲を下げたに違いない。さて、今回なんでこんなに左利きにこだわっているかというと、ちょっとした理由がある。というか、かつて、あった。


 「すると、いよいよこのページだね」と”ともだち”は言った。すなわち、「りりりんとでんわがなって、すべてのじゅんびがととのうだろう」。「しんよげんの書」のこのページは初見である。円卓には”ともだち”の目の前に、ご苦労にも電話が一台、備え付けてある。よくもまあ、こんなレトロな受話器を見つけてきたものだな。

 この機種は1970年代、初めて私の実家に電話が入ったときと同様のもので、当時の一般的な家庭用の受話器です。ジーコジーコンと架けて、リリリンと受ける。当時の電話線は今のような細いものではなくて、当時のガスコンロのホース顔負けの太さであり、しかも凸型のプラグで気軽に着脱などできず、水道管と同じように、床下から電話線を引っ張る工事まで必要であった。


 ビートルズのホワイト・アルバムに収録されている「Back in the U.S.S.R.」という曲の歌詞二番に、「Honey, disconnect the phone.」という一節がある。中学生の私には、この意味がよく分からなかった。

 いや、もちろん、その、電話に邪魔されないようにして何をしようとしていたのかはちゃんと知っていたのだが、あんな太い電話線を引っこ抜けるのか、抜いたら後で困るだろうと心配だったのだ。その後、アメリカに渡り、スーパーで売っている電話機と凹凸型の電話線を見て、長年の疑問は氷解した。


 黒い電話機は待っていたかのように、リリリンと音を立てた。「鳴ったよ」と言った”ともだち”は、右手で受話器を取った。これを見て、私は彼が左利きではないかと思ったのだ。生まれついての右利きである私は、今も必ず無意識に左手で電話を握る。ケータイでも同じ。右手でメモを取るため、二十数年のオフィス・ワークで身に着いた生活習慣である。

 第5集で「事務機器のオリコ―商会」の机に座り、家族と電話中のヨシツネも左で受話器を握っている。そもそもオフィスに備え付けの電話は、みんなこの絵のように右利きが左手で使い易いような設計になっているのだ。”ともだち”が取り上げた古いタイプの電話でさえ、コードは向かって左に延びており、右手で取り上げるのは面倒である。


 それなのに右手で取ったということは、彼が左利きの可能性があるとみた。そこで、暇な時に登場人物の利き腕を片端から調べたことがある。第二の”ともだち”を特定できるかもしれないと思ったからだ。しかし流石に、犯人だけ左利きという設定にはなっておらず、彼自身も別の場面からしてどうやら右利きらしいし、主要登場人物もそろって右利きのようだ。絵に描いたような徒労であった。

 さらに言えば、ご自宅で同じような古い電話機を使っているチョーさんは、右手で受話器を握っているのだが、警察署内で携帯電話で話しているときは左手であり、同じような左右両刀使いは他にも散見される。絶対に左でしか電話を持たないという私の癖のほうが変らしい。


 「もしもし。うん。わかった」と交信したあとで、最後に”ともだち”は、「運がよければ、また会おう」と言った。ねぎらいも心配も一切なしか。電話の相手は分からない。同じ円卓会議の席上にそろっている幹部たちでないことだけは明らかである。こちらの”ともだち”は、フクベエとは別系統のネットワークを持っているらしい。もしかしたら、すり替わったときも、そちらを使ったのかもしれない。

 「その頃、世界各地で、防毒マスクにスーツ姿のセールスマンが数多く見かけられた」と万丈目のナレーションは続く。スーツケースはどうやら自動的に、パカリと開いて作動するらしい。あとで誰が回収したのだろう。「噴出された霧は、美しい虹になった」そうだ。虹は美しいが、こういう風景描写に使わないでもらいたい。「そして世界は滅亡した」と思ったらしいが、そうはいくものか。





(この稿おわり)





しおからとんぼ (2012年8月19日撮影)





リリリンとでんわがなって (2012年8月8日撮影)

































































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