おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

正義の味方と悪の帝王 (20世紀少年 第438回)

 オリンピックに限らず、ちかごろの日本人が乱発する「努力は必ず報われる」という言葉があまり好きではありません。気合いを入れるためというならば、分からないでもないけれど。だってスポーツひとつとってみても、ほとんど全員、負けて帰るのに(勿論だからと言って、報われなかったというわけではない)。

 王貞治は、「努力は裏切らない」と言った。これは少しニュアンスが違う。それに、努力の意味も私の想定するものとは次元が違うように思う。王さんは私のちょうど20歳年上で、ジョン・レノンリンゴ・スターと同い年の生まれである。私が生まれる直前にジャイアンツに入団した。

 その当時、巨人のショート・ストップのレギュラーだった広岡達朗らは、新人の王という奴が夜中に荒川コーチのところで何やら練習しているらしいから見物しようということになって、酔っ払った勢いで押しかけた。広岡氏によれば、「いつの間にか、みんな正座して見ていた」そうだ。

 昨日ボクシングのミドル級で世界一になった村田選手は、高校生のとき武元さんというコーチに鍛えてもらったそうだが、同氏は50歳の若さで亡くなった。毎日新聞によると、武元が村田に遺した言葉の中に、こういうのがある。「努力したって報われるわけではないが、努力しないと報われない」。



 さて、月の話題を打ち切ったドンキーは、月を見上げていたカンナ相手に、正義の味方と悪の帝王についての話を始める。まず、正義編。「サイボーグ009...ジャイアント・ロボ、最近だと仮面ライダー。人はみんな正義の味方になりたいんだと思っていた。」と過去形で語る。

 続いて、「黒い幽霊団、BF団、ショーカー...悪の帝王になりたい奴なんていないと思ってた」とも言う。これも過去形だ。そう思っていた理由の一つは、世界征服(例えば、ショッカーは「世界征服を企む悪の秘密結社である」)なんて、全然、科学的ではないからであり、過去形になってしまったのは、昨夜、理科室で「悪の帝王を見ちゃった」からである。

 反証を見せつけられて、ドンキーの信念は揺らいでいるのだ。確かに、これは人生の一大事、始業式などに出ている場合ではない。ドンキー個人の問題に非ず。私たちの多くも彼と同様、科学は正しく便利に、いつまでも発展すると思っていたし、「正義もの」の漫画やテレビ番組を通して、正邪善悪の違いとはこういうものだと教わってきたのだ。


 「最近だと仮面ライダー」という発言は、私の記憶ともぴったり一致する。1971年、すでに小学校高学年になっていた我々の年代の多くの少年が、最後に夢中になった正義の味方であろう。ただし、正確に言えば、途中から仮面ライダーご本人よりも、お菓子のライダースナックについてくるライダーカードの方に夢中になった。デュアル・モンスターやポケモンのカードの大先輩にあたる。

 一時期は、どの菓子屋に行っても売り切れであった。カードだけ手に入れて、菓子を捨てる奴までいた(私も捨てられた菓子袋をたくさん見たのを覚えている)。さすがに貧乏性の私は食べたが、その味は残念ながらカルビーには悪いけれども、同社の金字塔的名作「かっぱえびせん」の美味さとは比ぶべくもなかった。


 ドンキーが挙げている「サイボーグ009ジャイアント・ロボ、仮面ライダー」と、「黒い幽霊団、BF団、ショッカー」は、それぞれ、この順番で敵同士である。彼と私はちょっと好みが違うようで、私にとって正義の味方と言えば、ウルトラマンマグマ大使のほうが印象的であるが、これは多分、偶然で、限られた金と時間の範囲では、マンガもアニメも全部、見るというわけにはいかなかったのだ。

 ところで、ジャイアント・ロボもウルトラマン「正義の味方」であって、「正義」そのものではない。では、正義とは何か。正義は、この物語において重要な概念である。正義については、いずれ稿を改めて検討したい。簡単にいえば、少年にとっての正義とは「俺たちがなすべきこと」(ただし、大人になってからでも良い)であるが、子供は力不足なので仕方なくマグマ大使を呼び出したり、仮面ライダーに変身してもらって急場をしのいできた。


 「あいつは”悪の帝王”になる」とドンキーは語る。このシーンに描かれているのは、首を吊ったままニヤニヤと笑っているフクベエの姿。ドンキーは知らないが、いま目の前にいるお姉ちゃんの実父にあたる。もちろん、カンナも理科室で同じく父の少年時代の禍々しい姿を見ている。「絶交」の宣告を聞いている。だから、彼女は「あんなもの」と呼んだ。

 ヴァーチャル・アトラクション侵入計画の人選にあたり、ヨシツネは「冷静でいられるか? おまえは私情が入りすぎている。」という理由でカンナを外した。それはそれで適切な判断だったろう。しかし、カンナは私情を交えた行動を起こす暇もなく、とんでもないものを見聞きしてしまったのだ。


 このまま、例えばコイズミと一緒にアトラクションから脱出していたら、カンナは心の傷を丸ごと負ったままで過ごさなければならなくなっただろう。しかし、いかなる天の配剤か、別のステージで彼女はドンキーと会話する機会を得て、しかも、それはとても上手くいったのだ。

 ドンキーは「でも、正義の味方がいないんだ。」と嘆く。切り替えの早さがカンナの真骨頂であろう。「ケンヂやオッチョは?」と訊くと、後ろ姿のドンキーは腰に両腕を当てて、「あいつらか、うん、素質はあると思うんだけどね」と言うのが可笑しい。ドンキーが言うところの「正義の味方の素質」についても、いずれ併せて考えようか。まあ、考えるまでもなく、すでに観てきたか。


 「あなたもよ」とカンナは言った。「あなたは正しいことをする」。いきなり見ず知らずの人から、そんなこと言われたら誰だって不審がると思うのだが、ドンキーは神妙に聞いている。

 大人になった彼は、マサオの行方を探り、ケンヂに手紙を書いた。自分を殺そうとする者共に、「目を覚ませ」と最後まで説得しようとした。確かに泰平の眠りにあった元秘密基地の仲間の中で、真っ先に行動を起こしたのはドンキーだったが、それは正義の始まりであると同時に、悪の露見の始まりになった。そして、その代償はあまりに高くついた。


 一般に、順番としては悪の帝王が出現するのが先である。いったい何用あってか知らないが、怪獣怪人宇宙人が悪いことをしにやってきて、初めて正義の味方が、光の国などから正義のために颯爽と登場することになっている。

 悪の帝王やら地獄の軍団やらがいなければ、本郷猛もモロボシ・ダンも普通のお兄さんとして、例えばコンビニの店長などしながら日々の暮らしを楽しめるのだが、そうは問屋が卸さないのだ。カンナもようやく単なる復讐者から脱皮するときがきた。



(この稿おわり)





宮古島、また行きます。(2012年7月11日・12日撮影)












































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