おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

アポロ (20世紀少年 第437回)

 みなさん眠たいとおっしゃるが、よくまあ深夜・明け方まで起きてテレビを観るものだなあ。夏の甲子園も始まったし、スポーツ好きは寝る間もないのではありませんか。


 第14巻のドンキーの科学論は、月の話題で締めくくりとなる。いわく、月にウサギなんていなかった。あるのは砂漠とクレーターだけだった。でも今、あそこには人類の足跡と、星条旗が立ってる。あそこから見た地球は、真っ青でやっぱりまん丸だった。

 望遠鏡などの観測技術が発達し、そのあとさらに米ソの宇宙進出が盛んになって、人類は別に知らなくても良かったものを知ってしまった。ウサギもかぐや姫もおらず、海の青さも草木の緑もない世界。「何用あって月面へ」と山本夏彦は憤慨した。手塚治虫は中編漫画「I.L」の主人公に、人類が月に行ってから人は夢を失ったと嘆かせている。


 アポロ計画がその映像を地球に送りつけてきた月面の荒涼とした景色は、日本人の美的感覚に合うものではなかった。私は科学が好きだが、山川草木、花鳥風月の博物学的自然が好きなのであって、テクノロジーや人の住めない月面に興味は湧かない。

 ちょうど今、アメリカは火星の表面がカリフォルニアの砂漠と似ていると喜んでいるが私は嬉しくも何ともない。カリフォルニアの砂漠は何度か車で走り抜けたが、文字どおり荒れ果てた「死の谷」でありました。だが、ドンキーはそういうところにも科学の栄光を見ていた。それもまた個人の自由である。


 ところで、ある種の人々は陰謀がお好きなようで(この物語にも、火星移住計画という杜撰な陰謀が出てくる)、近年では同時多発テロ「9.11」が米国政府による陰謀であるという議論がネット上で盛んに展開されたが、その昔、アポロ11号の月面着陸も陰謀(国威発揚のための作り話)であるという説が横行したことがある。


 その材料として最もよく使われたのが、月面に立つ星条旗がはためいているという写真であった。第1巻の130ページにも、その種の絵がある。空気も風もないのに、はためくはずがないというご指摘なのだが、旗は何も「風に吹かれて」のみはためくのではなく、地球上でも風のない場所で何なく試せるが、旗は振り回しても、強くゆすっても翩翻と、はためくものである。

 それでは、第1巻の134ページ目にあるような、垂れ下がることなく横に広がったままの旗をどう見るか。これは絵をよく見ると分かるが、旗の上に支えのための横棒(クロス・バー)が走っているのである。旗が自重で壊れないよう、旗のサイズを法定のものより小さくし、ステンレスとアルミニウムで支柱を作って何度も試験を行ったのだと、NASAのサイトに書いてある。


 勝手に月面に自国の旗を立てるなど、けしからんと思うのは私だけだろうか。アメリカの映画「猿の惑星」(古いほう)でも、宇宙試行士の一人が着陸した惑星の地面に、お子様ランチのような星条旗を立てていたが、あれは、結果的に残念ながら、けしからんことにはならなかった。ともあれNASAのサイトには、外国から国旗についての苦情はなかったと書いてある。

 アポロ11号が残した星条旗は、NASAのサイト情報によると、「It is uncertain if the flag remained standing or was blown over by the engine blast when the ascent module took off.」と、アメリカ人にしては自信がなさそうである。着陸船が帰投する際のエンジン噴射で、吹っ飛ばしたかもしれないらしい。


 となると、ドンキーの「今も立っている」という断言は根拠が弱く、むしろ第1巻の134ページ目で、満月を見上げるカンナを背にしたケンヂの「ドンキーが夢見た月面には、今もまだ1969年の旗は立っているのだろうか。」という疑念のほうが現実味を帯びていることになる。

 旗を吹っ飛ばしたかもしれない着陸船の模型は、131ページ目に出てくる。地球に帰ってきた司令船の本物を、私はワシントンDCの博物館で見た。意外と小さかった。司令船の絵は「20世紀少年」には出てこないが、本邦ではアポロ・チョコの形状でお馴染みである。


 1969年のドンキー少年は、確かに「僕も絶対、月面にいくぞー」と万歳しながら宣言している。しかし、第14巻のヴァーチャル・リアリティー内でカンナが、「ねえ、あなた、大きくなったら、やっぱり宇宙飛行士になりたい?」と質問したとき、1971年のドンキーは理科の先生になりたいと答えている。

 理科の先生では、地球の周回軌道のロケットには乗れるかもしれないが、さすがに月面は当分、無理だろう。この心境の変化をもたらしたものが何であったのかは描かれていない。ドンキーの顔色の良さからして、理科室の夜の出来事ではなさそうだ。この2年間で、彼が科学万能の考え方を捨てて、もっと科学や技術を育てるほうが大事だと思うような出来事があったのだろうか。


 牽強付会そのものだが、私には一つだけ心当たりがあります。1969年と1971年の間の年といえば、大阪万博のあった1970年だが、その開催期間中にアメリカではヒューストンの基地が大混乱に陥るほどの、とんでもない事故が起きた。幸い、人命の損失には至らなかったが、下手をすれば想像を絶する惨事になりかねなかった。アポロ13号の失敗である。

 私の小学校でも大騒ぎになった。すでに子供らは西洋で13という数字が忌み嫌われていることを知っていたから、やっぱり縁起が悪かったんだという主張が有力であった。映画にもなりましたね。第1巻131ページ目に出てくるドンキーの自宅の書棚は、その上に月着陸船の模型を載せていて、棚に立てかけてある本の中に「Apollo 13」という背表紙が見える。



(この稿おわり)



月にも太陽にも、こういう景色はない。
この海で、カメさんと一緒に泳ぎました。
(2012年7月11日撮影)























































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