おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

科学少年 (20世紀少年 第435回)

 オリンピックでは、なぜか昔からメダルの数とか色とかにはあまり興味がなくて(もちろん日本人選手が表彰台に上がるのはとても嬉しい)、むしろ、いい試合や演技を見せてもらうのを楽しみにしています。ミュンヘンの男子バレー、シドニー高橋尚子、北京のソフトボール、数えはじめたら切りがない。

 今回でいえばサッカー男子のスペイン戦や女子なでしことフランスの準決勝、卓球女子団体の3位決定戦、それから一昨日の女子バレーが中国に逆転勝ちした試合もすごかった。なんだか女子の団体競技が多いな。がんばろう男。


 第14巻の214ページ目、カンナはドンキーに「9月1日...学校は、始業式は行かなくていいの?」と尋ねた。ドンキーは下を向いたまま、力なく「行きたくない...」と答えている。ちなみに、カンナとドンキーはこのときが初対面ではない。前にも書いた覚えがあるが、第3巻の19ページ目で、二人は顔を合わせている。

 そのとき、ドンキーは”ともだち”が秘密基地のマークを使っていることから、ケンヂではないかと疑ってコンビニの様子を窺いにきた。ケンヂは背中にカンナをしょって、懸命に接客中だった。ドンキーはそれを見ただけで、ケンヂへの疑いを解いたが、来た用件をケンヂに伝えることなく、チョーさん同様そのまま帰ってしまった。


 お通夜でのモンちゃんの回想によれば、ドンキーは「理科だけはなぜか得意な、科学的な奴だった」。理科室は彼の聖地であろう。カンナは、彼が学校に行きたくない理由を「ゆうべ、理科室であんなもん見ちゃったから?」と訊いた。ドンキーの目に強い光が戻る。図星だったらしい。「お姉ちゃん、知ってるのか、ゆうべのこと...」とドンキーは言った。カンナは黙って頷いている。

 このあとドンキーは、カンナに対してずいぶん手間と時間をかけながら、学校に行く気を失くした理由を説明しているのだが、一言でいえば彼は科学を信じており、しかしゆうべ理科室で吊り下がっていた少年フクベエは「世界征服して何をしようってんだ。全然、科学的じゃないよ」というような相手だったのだ。


 ちなみに、第14巻の理科室の夜において(他の巻でも同様だが)、フクベエも取り巻きの二人も「奇跡」を強調してはいるが、「世界征服」についてはドンキー相手に何も語っていない。ドンキーがいかなる根拠に基づいて、世界征服の企図に気付いたのか判然としないが、ともあれ結論は間違っていない。

 大人になってもドンキーは科学の信奉者であり、理科の教師の職に就き、自宅でも天体望遠鏡で月を見ていた。だからこそ、元教え子のマサオが「悪い”ともだち”」に妙なことを吹き込まれているらしいというご両親の相談を受けたとき、非科学的でいかがわしい何かを感じて放っておけなかったのだろう。まさかそれが、理科室の夜と同一人物だったとは。


 二人の目の前にある水たまりには伝説の巨大ライギョがいるとか、それを釣ろうとしておぼれた子の幽霊が出るとかいう噂について、ドンキーは干上がったのを何度も見たことがあることや、溺死のニュースなんて聞いたことがないといった根拠を挙げて「ウソ」だと断定する。そして、また走り出した。

 カンナも追いかけた。「話を聞いて」と叫んでいるから伝えたいことがあるのだ。二人が走る姿は、同巻95ページでヨシツネが追いかけている切り絵風の絵の再現となっている。なお、95ページの中段でヨシツネを振り切ったドンキーが走り去る道は、第1巻の第7話「ソフトボール」の冒頭にも描かれている。

 私も幼稚園や小学生のころの夏、舗装されていないこういう道を裸足で歩いたものです。ただし、舗装道路は熱くていけない。昔は暑いとアスファルトが溶けた。気付かずに踏むとえらいことになる。


 今回ドンキーが走ったのは、カンナを振り切るためではなく、首吊り坂まで案内するのが目的だったらしい。「この家知ってる?」と例の屋敷を見上げているが、カンナは覚えがない。「ここで幽霊が出るなんてウソ」とドンキーは言った。1年前、このお姉ちゃんの叔父さんであるケンヂとオッチョの二人は、ここで本物の幽霊を見たそうなのだが、ウソつきなんだろうか。

 「でも、ここで神田ハルという人が悲しい気持ちで死んでいったのはホントらしい」とドンキーは言った。彼は実証主義者だが、唯物論者ではない。ドンキーは夜空を見上げた。月は昨夜より、わずかに膨らみを増している。もうじき上弦の月だ。そしてそれから彼は月を語り、悪を語り、夢を語る。




(この稿おわり)





反射式天体望遠鏡(2012年5月2日撮影)





宮古島のサンゴのビーチにて(2012年7月9日撮影)

































































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