おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

こういうことだったんだよ (20世紀少年 第424回)

 今日も雑談から始める。数年前に東京都荒川区に転入してきて間もなく、私は四十肩になった。着替えるだけで激痛が走る。四十肩の主な原因は運動不足。高校時代に水泳部だったことから(選手としては最低級)、近所のジムの会員になって水泳を始めることにした。

 その際、かつて平泳ぎの選手だったことから、「やる限りは、区内で最高の平泳ぎスイマーになる」と家族に宣言した。その意気や良し。ただし、迂闊であった。


 引っ越してきたばかりで知らなかったのだが、ケンヂとダミアンが出会った西日暮里の交差点の近くにある北島精肉店という、わが家からも歩いて行ける距離の肉屋さんのご子息、康介氏は世に知られた平泳ぎの達人であり、私よりも速い。町内で一番の平泳ぎ選手になるためには、世界一にならなければならないことが分かった。年齢を考えると厳しい。

 仮に私が瞬間最大風速的に世界新記録を出したとしても、相手はオリンピック2大会連続で2種目制覇という実績の持ち主であるから、人は容易に私が上だとは認めてくれまい。しかも、北島康介の長い旅はまだ終わっていない。昨日から始まったロンドン・オリンピックの水泳競技。三たび彼は世界の頂点を目指している。


 ちなみに、これでもまだ向上心は衰えておらず、私はネットの画像などで北島やフェルプスのスイミング・フォームを研究している。北島選手の強さを車に例えれば、単なるエンジン出力の大きさのみにあらず、水という障害物に逆らわない高性能のフォームにある。

 しかも、彼はオリンピックの決勝レースという土壇場においてさえ、必要とあれば、それを修正して臨む知恵と勇気と力の持ち主なのだ。私は更に引き離されてしまうのだろうか。



 さて。ヨシツネの「こういうことだったのか」という発言を受けて、第14巻169ページ目の上段、首吊り姿のフクベエが「そうだよ。こういうことだったんだよ。」と言い放つ絵はことのほか不気味である。サスペンスやホラーが嫌いな人は、これを見ただけで「20世紀少年」を読む気が失せるだろう。

 この絵のコマ割りが小さいのも、却って気色の悪さを引き立てている。第12巻などは痛快な謎解きの連続であるが、第14巻の中盤は薄気味悪いシーンの連続で、感想文を書いていても気が滅入る話題が続く。このページで多少、気が紛れるのは例によってコイズミの豊かな表情であり、フクベエを見て驚き、カンナを見て驚き、万丈目を見て驚いている。


 カンナは何か異常な事態がここで起きるはずなので、早く逃げてとヨシツネに(だけ)言った。しかし、どうしようもなかったのだ。仮にもっと前に理科室に着いていても、ヨシツネは事態を見届けようとしただろうし、実際には、ほぼ同時に万丈目が理科室に入ってきて、「で、どうなる」と声を掛けてきたからだ。

 この先の万丈目のセリフは以前、全部引用したので重複は避ける。要するに、この先は事実どおりなのか嘘なのかと、どうやら、からかい半分にフクベエに声を掛けており、170ページ目の絵でも余裕しゃくしゃくなのだが、その後ろに黒い人影が立っているのを、万丈目はまだ気づいていない。人影は頭部がくっきり見えているが、両耳が見えない。


 ようやく万丈目は後ろに人の気配を感じたのだろうか。むしろ、目を合わせて話しかけているはずのフクベエの視線と関心が、自分の背後に向いているように感じた風にも見える。

 万丈目が振り向きかけると、背後の人物も「これでいいんだよ」とフクベエに同調して言った。万丈目の顔が驚愕と恐怖でひきつっている。フクベエ少年は平然としている。マスクの男が誰なのか知っている。


 続く第10話「ゆがんだ記憶」は、久しぶりに登場する長髪の優男の殺し屋と、敷島教授の娘の面談で始まる。インターフォンの会話が「誰?」と「あたし...」で用が足りている。今はどうか知らないが、かつてはこのマンションで男と女の仲だったこともあったのだろう。

 常日頃、教授の娘は傲然とした態度を示しているのだが、この日ばかりは「見ちゃったの」と繰り返すばかりで歯の根が合わないのは、冷たい雨に打たれて凍えただけではないらしい。相手の長髪は、旦那の裏金だの浮気現場だの女の夜遊びだのと、皮肉や冗談を並べているのだが、彼女はショック状態のままだ。


 敷島娘は、先ほど西麻布でハイヤーが霞町の交差点に差し掛かったとき、歩道を歩いていた誰かを「見ちゃった」のだ。後に分かるが、高須が見たのも、ユキジとオッチョが見たのも同じ人物であり、降りしきる雨も構わず一人、歩いていたのだ。しかもユキジを見て、うっすらと笑ったその顔は”ともだち”のそれであったと第15巻に出てくる。

 この日の”ともだち”顔の男は忙しい。4人に会ったのは、いずれも雨の夜だが、東京の冬はそんなに雨は降らないし、第14巻に集中して描かれているので、同じ夜の出来事だろう。ついでに、万丈目がこのあとヴァーチャル・アトラクション(VA)から引きずり出されたシーンでも雨の音が聞こえているので、ヨシツネ達やその男がVAに侵入した日も同じ夜だろう。この男は全てを意図的に一晩で敢行したのである。


 ある種の顔見世巡業であろうか。その晩、高須が外勤していた中目黒と、敷島教授の娘が通りかかった西麻布は、地下鉄日比谷線一本で行けないこともないが、雨の夜中に気軽に散歩する気になるほど近くはないのだ。ちなみに、西麻布の霞町はヒルズの西隣に位置し、六本木通と外苑西通の交差点。去年その近くで酒を飲みました。美味しかった。

 興味深いのはその男が、高須と敷島、オッチョとユキジに会ったときは素顔だったことで、その素顔を高須も敷島も、夜目遠目ながら認識し、確信したということだ。二人は”ともだち”の顔をよく知っているのである。古株だからか(1997年は素顔の登場が多かった)、あるいは、女だったからなのか。


 そのころ、VAの操作室では、ヨシツネ隊の二人がアトラクションの操作パネルを見ながら途方に暮れている。カンナが合流したまでは良かったが、途中参加の万丈目まで同じ場所に移り、しかも、「正体不明の物体」までが猛スピードで接近して、ついに御一同、夜の理科室で顔合わせになってしまったのだ。

 この「正体不明の物体」は、いつもながらのスーツ姿に、オッチョが考案した例のマークを描いたマスクで頭部を覆っている。皆の心臓の鼓動が高まる中、その男は理科室に踏み入り、「これが真実だ。」と言った。どうにも私には、このマスクが気になって仕方がない。この時点で、もう一回、整理してみたい。



(この稿おわり)




沖縄の海辺、アダンの木。その実はヤシガニが好んで食べるそうです。
(2012年7月9日撮影)




来間大橋の遠望(2012年7月10日撮影)




 
隅田川の花火大会(2012年7月29日撮影)