おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ドンキーがその時見たもの (20世紀少年 第420回)

 ドンキーがその時見たものは、後になってわかることになる。でも、それがわかった時はもう、事態は取り返しのつかないことになっていた...

 第1巻では、おそらくケンヂの回想として、この言葉が出てくる。第14巻にも、ヨシツネがドンキーたちを見守っているシーンで再登場する。「ドンキーがその時見たもの」は、”ともだち”は誰なのかという大問題を除けば、この物語で最大級の謎であった。さらに、取り返しのつかない事態とは何かについても、いずれ考えなくてはなるまい。


 スイッチの確認をしたあとで、ドンキーは背後に人の気配を感じた。第1巻でドンキーが驚くシーンには、アルコール・ランプが出てこない。モンちゃんの思い出にも限界があったのだ。第12巻の山根はアルコール・ランプ・オタクだけあって、しっかりと覚えている。

 第14巻では、山根の記憶と異なり、ドンキーが「誰? そこにいるの誰?」と訊いている。廊下と同様、返事がない。礼儀を知らない連中が、この晩は校内にウヨウヨしていたのだ。


 第14巻の150ページ目、理科室の実験机の上に、アルコール・ランプが二つとマッチ箱が置かれている。いかにも作為的ですな。こういうふうに片づけ忘れるということは、まずなかろう。ドンキーに使わせるために山根が置いたな。ドンキーに気付いてもらわないと証人にできないのだから、さらに物音でも立てて注意を引いたのであろう。

 第9話のタイトルは「正体」。その時ドンキーが見たものの正体は、首を吊っている少年の姿だったのだ。これは怖い。ここで、私としては1970年の嘘と、1971年の嘘の基になった二つの事件に、幾つかの共通点があることを確認しておきたい。いずれも夏休みの終わりに近い夜。夏の夜らしく怪談調。どちらも、フクベエは失敗した。そしてキーワードは「首吊り」。

 すでに私たちは、1970年の首吊り坂の事件において、テルテル坊主のごとき幽霊のまがい物で、ケンヂたちを驚かそうとしたフクベエの小細工が失敗に終わったことを知っている。その1年後、彼は手作りの幽霊人形は諦めたようで、自分が首吊りのマネをすることにしたらしい。


 さすがに冷静な科学少年ドンキーも、「あ...」という声にならない声しか出ない。しかし、彼は室内に他の誰かが立っているのに気付いた。113ページや114ページの絵を見ると、校庭に落ちている少年たちの影は輪郭がくっきりしている。三日月の光ではなく、校門前の街灯が明るいのだ。

 その光が理科室の窓から入ってきて、そこに立っている者のシルエットを浮かび上がらせている。第12巻では、ショーグンたちが山根をそうやって見つけたのだが、第14巻ではドンキーが同じ効果により人影を認めた。アルコール・ランプで照らすと、少年がナショナル・キッドのお面をつけている。「サダキヨ?」とドンキーは声をかけたが、相手は無言である。


 さらに、反対側にもう一人、山根がいた。暗闇で人の顔を懐中電灯などで照らすと怖い顔になるものだが(よく、そうやって遊びましたね、昔は。夜は暗かったから)、ここの山根の表情はことさら不気味である。ドンキーは二人に、何をぼんやり見ているのか、早く助けなきゃと叫んでいるのだが、彼らは動こうとしない。

 そのかわり、山根は「奇跡だよ」と言った。何をぼんやり見ているのかという質問に対する返事だけであり、依然として動こうとしない。「今から奇跡が起きるんだ」という山根の言に耳を貸さず、ドンキーは首を吊っている者に近付き、その顔を見た。「フクベエ...」とドンキーは言った。相手は心中で、「ハットリと呼べよ」と思ったのかもしれないが...。


 ドンキー少年は概ね単独行動の人で、それほど頻繁には友達と一緒になって遊んでいたような気配はないが、この三人の名前は知っていたようだ。それにしても、このドンキーが見上げているフクベエ少年の「死に顔」は、全編を通じて彼の表情としては最も穏やかなものであろう。

 これに対して山根の顔つきは相変わらず不気味であり、毒トカゲのような顔をしているが、「奇跡の邪魔をするな」と言うばかりなので、ドンキーも見放した。しかたなく、もう片方に向かって、「サダキヨ、手伝ってくれ、教壇を運ぶんだ」と頼み込むのだが、こちらも身動き一つしない。


 サダキヨは1年前に引っ越して転校したのだが、ドンキーはここにいることを不思議に思う余裕もなかったことだろう。そいつの上履きは、フクベエと同じなんだけれどな。そのとき、ドンキーはフクベエの宙吊りの足が動くのを見て、「え...」と言ったまま救出活動を止めた。

 山根トカゲが嬉しそうに「おお!!」と言った。ナショナル・キッドとドンキーが見上げるとフクベエが両目をかっと見開いて、薄ら笑いを浮かべている。この表情のほうがお似合い。フクベエとドンキーの対決が幕を開けた。



(この稿おわり)




ゴーヤの花にシジミ蝶(2012年7月2日撮影)




わが家の桔梗も咲きました(2012年7月3日撮影)