おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

日本の一番長い夏の日  (第934回)

 2015年はカツマタ君の世界大統領就任の年であることから、カツマタ君特集を連載中。今日は特にマニアック。彼の名は主に幽霊としてだが、何回か物語の冒頭から中盤にかけて出てくる。ドンキーの葬式が初出。次に第11集で山根がカツマタ君の幽霊と夜の理科室で遊んでいたと、戸倉がオッチョと角田氏に語る場面。

 第12集ではユキジとヨシツネも覚えていて、隊長の秘密基地の中での会話に出てくる。主な話題はむしろ万博のほうだったが、ユキジはいみじくも「なんだかクラスの様子が変わった」と言った。その前にケンヂとオッチョが首吊り坂の肝だめしで幽霊を見たため一躍ヒーローになり、万博組が嫉妬したという話が出ているのだ。


 しかしユキジが「なんだか」と表現しているように、どうやらそれだけではないようで、実際、ケンヂは万博に行けず、万引きをし、ナショナルキッドを見捨てた。サダキヨは転校して消えた。フクベエはノッペラボウに変身する奇病を患い、いんちき万博日記を書き散らして、カツマタ君とも一悶着あったし、何より首吊り坂で失敗した。ヨシツネは万博会場で日射病のため志半ばで倒れた。

 そのほかカツマタ君の名は、鏡台に向ってつぶやく「君は誰?」「カツマタ君?」というフクベエの独り言や、第14集でヨシツネとコイズミが盗み聞きしている子供たちの会話の中で、ケロヨンが夜の理科室の話題を出し、コンチやモンちゃんを怖がらせている場面にも登場する。ところが、その直後に彼の大人時代であるらしいと後に判明する目玉マスクの”ともだち”がヴァーチャル・アトラクションに表れて以降、最後の最後までフッツリと彼の名は出なくなってしまう。


 ともあれ連載中は最初のうち、年に一回ぐらいはカツマタ君の名が出て来た程度で、しかも後半はその話題も消えているから、多くの読者にとって彼の印象が薄いのはやむを得ないか。でも逆に、そうであるが故にミステリー好きの勘の鋭い人にとっては、なんだか怪しいと感知されたこともあったろう。

 私のように単行本になってから一気に読んだ者は、急げば急ぐほど先が読めるため、枝葉末節と感じたところは素っ飛ばして先に進んでしまうし、しかもこの漫画はサダキヨの死、カツマタ君の幽霊、ジャリ穴のライ魚に代表される「友達の友達が言うことはあてにならない」というテーマが、万引きというキーワードと同様、何回も繰り返されていて、上手いこと読者は煙に巻かれている。しかし、サダキヨが二回も「生還」した時点で、カツマタ君のことを思い出さなかったのは不覚であった。


 そろそろ過去は忘れて、なぜか今回は日時にこだわる。この年の夏は、このようにいろいろあったのだが、どういう順番で起きたのか整理するのも、情報量の少ないカツマタ君の運命を探るにあたって一興である。1970年の暑い季節、いろんなハプニングがあった。まずは万博を巡る事柄。前年に「よげんの書」が完成したか、一旦下火になった秘密基地熱だったが、万博行きの計画で再び活気を取り戻した。

 家庭の事情で、行った者と行けなかった者に分かれたのは、全国的にそうだったろうから仕方が無い。ただし、フクベエとサダキヨは鬱屈した。ケンヂやドンキーのように「行けなかったのが悔しい」程度では済まなかった。ただし、ケンヂとフクベエ・サダキヨは偶然ながら同じころ、首吊り坂の幽霊屋敷の噂を聞いて敗者復活戦を試み、前者は「あっと驚くタメゴロー」程度の土産話になったが、後者はまた心の傷が増えた。


 こういう多事多難の夏に、バッヂ事件は起きている。しかもケンヂとフクベエの心境は複雑なままであった。首吊り坂の屋敷訪問が1970年8月28日から29日にかけての夜だったことは、コイズミがヴァーチャル・アトラクションで見た新聞の発行日と、フクベエが先日付で嘘日記を書いている部屋の日めくりカレンダーの日付からして間違いない。

 たがバッヂ事件の日付は不明である。サダキヨが公園にいるからおそらく引越し前で、また、日中から子供たちが遊んでいるので夏休みだろうが、首吊り坂の日との前後関係も不明で、これではカツマタ君が事件の前後に、どこで何をしていたか私にはさっぱり分からない。しょうがない。作業を進めよう。バッヂ事件クロニクルである。


 (1) ナショナルキッドのお面の少年がババの店に当たり券を持参するもババは不在で、少年は当たり券を店頭に置き、黙ってバッヂを持ち去る。カツマタ君受難の長い夏の日が始まる。犯罪とはでは言わないが、こんな無神経なことをするから、後々ややこしいことになった。

 (2) 少年がババの店から走り去ったのを電信柱の陰で見ていたケンヂは、ハズレくじを手に依然としてババのいない店に入り、バッヂを持って走り去った。これは窃盗。その後ろ姿を自転車のマルオが確認しているが、呼べども応えず。

 (3) ババが「バッヂが一つ足りない」ことに気づく。上記(1)の場面ではバッヂが三つあった。そのあとでババは当たり券と残った二つのバッヂを確認して、何が起きたか想像はついたはずだ。ケンヂが一つ持ち去り、残り一つとなったところで、「一つ足りない」と言っている。なお、最後の一つはマルオのものになったはずだ。

 (4) ババの店先で子供たちが次々と買い物をし(ドンキーは確率の計算だけ)、ババは誰が万引き犯なのかと疑惑の目を向けている。後述の(5)と(6)の公園に行く途中かもしれない。ナショナルキッドがバッヂを胸に付けて歩いているのを見付け、ババは断罪し追いかけようとしたが、マルオが持ってきた当たり券に阻まれて容疑者を逃した。なお、ケンヂはお母ちゃんから買い食い禁止令が出ており、アイスは断念して見学に終始している。


 (5) 以上の(4)までと、この(5)以降は、同日か別の日が不明であるが、この三人の少年の服装が同じであり(夏場は基本的にずっと一緒ですが)、ババが真剣に犯人捜しを続けていることから、何週間も経過しているということはあるまい。まず、公園でキリコがサダキヨと会話を交わし、ついでにもう一人のナショナルキッドを見つけて「あの子は誰?」と訝っている。残念なことにサダキヨはすでに消えていた。

 (6) そのときフクベエと山根ともう一人のナショナルキッドが、同じ公園でお喋りをしており、ナショナルキッドが「フクベエを山根が殺す夢を見た」と放言して怒らせ、二人は彼を置いて先に公園から去ってしまう。残された少年は、夢の中の大人の僕が語った未来の続きを独り言で語っている。ここでもバッヂが胸に飾ってある。

 (7) フクベエと山根がババの店先前を通過した直後に、後から来たナショナルキッドがババに捕まり、バッヂを奪われお面まで剥がされた。基地の仲間のうち、ババと少年のやり取りを聞いていた現場目撃者はマルオとヨシツネの二人。同じ団地に住んでいたはずのオッチョは不在。ケンヂは少年が地面に泣き伏している時点で遅れて到着し、ヨシツネに「バッヂを万引きしたみたい」と聞かされる。キョトンとした表情を浮かべていた。

 (8) なぜかケンヂがすぐにいなくなってしまった後で、フクベエと山根による「5年4組に在籍」「死刑宣告」「お前は今日で死にました」発言がある。


 (9) この日の夜か、後日か分からないが、ケンヂとヨシツネとマルオは、夜の神社でオバケ探索をしている。ケンヂが少ししか怖がっていないということは、首吊り坂の肝だめしよりも前なのだろうか。マルオのランニング・シャツにバッヂが挟まっているから、(4)よりは後のことである。

 (10) これも以上との順序が不明であるが、二人のナショナルキッドが神社の前で会話を交わす。今度、引っ越すとサダキヨが行っているから、夏休みの最後のほうかもしれないが、バッヂ事件の日、すでにサダキヨは反陽子ばくだんのリモコン地図を持っているから、タイミングは(7)や(8)より前である。


 第18集におけるキリコの「あの子は誰?」という発言以前は、読者に二人のナショナルキッドがいたことは知らされておらず、また、知ったあともフクベエや山根と行動を共にしている1971年(6年生時代)のナショナルキッドがどちらなのか、判断が難しいところである。特に一年後の8月31日の夜の理科室で開催された「ひみつ会議」の参加者がどちらなのか興味深いが決定打がない。フクベエに対する態度からして(ヴァーチャルだが)、どうやらサダキヨではなさそうだけれども。

 また、6年生のときユキジの3組では、理科の実験でフナの解剖があった。クラスが違うが、カツマタ君はフナの解剖の前日に、「何だか知らないけど死んじゃった」(マルオ談)うえ、未練が残ったのか夜な夜な理科室に幽霊となって現れるとの噂が流れて、ネットもない時代の出来事なのに1997年になっても語り継がれている。


 サダキヨとの共通点はお面だけでなく、髪型も服装も体格もそっくりであり、顔が同じだったということでフクベエとの双子説があるが、よほどサダキヨと双子と呼んだ方が似つかわしい。ただし捜査の神、チョーさんのメモではカツマタ君と思われる「その先の人物」は、「サダキヨの友達」と書かれている者のことだろう。

 残るは中学生時代の、あの日の廊下・階段・屋上での出来事である。何度も書いたが、この日の出来事と二台目の巨大ロボットは、第1集のプロローグに出てくるのだから、一部の読者が主張するような「売れたからストーリーを継ぎ足した」のではなく(もちろん、分量・回数が増えた可能性はある)、最初から構成されていたのは間違いがない。こうして書いていると、フクベエはむしろ狂言回しで、カツマタ君こそ影の主役ではないかとまで感じる。でもまだまだ材料不足につき近づきにくい。





(この稿おわり)






ケヤキの若芽  (2015年5月2日撮影)








 波に向かって 叫んでみても
 もう戻らない あの夏の日


     「想い出の渚」  ザ・ワイルドワンズ
            (作曲は加瀬邦彦氏。合掌) 







































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