おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Without You (20世紀少年 第416回)

 第14巻の第8話は「過去との邂逅」というタイトルである。ヴァーチャル・アトラクションの場面では、たくさんの過去との邂逅が描かれているのだが、今回のそれはストーリー展開の上で重要というよりも、抒情的な意味において印象的なシーンであるため代表してタイトル名に選ばれたのだろう。

 強引にアトラクションに入り込んだカンナは、着地に失敗して頭を打った。幸いなことに、その部屋の床は畳敷きであった。背を向けて、子供が寝ている。「ここは、どこ?」とカンナは言った。遠藤酒店はコンビニに改装されたが、もしその工事が店舗だけで、自宅部分はそのままだったとしたら、カンナは見覚えがあるはずだが...。


 第2巻や第3巻に描かれているケンヂの部屋は、1997年の時点でも多分、六畳の和室で、ふすまの柄も同じ。もっとも、キリコの部屋の入口はドアだったが、第14巻では襖になっている。それはさておき、ケンヂ少年の部屋は、意外や、きちんと片付いている。タンスの上のプラモデルは、お年玉で買いたがっていたタイガー戦車か。

 東京タワーの置き物や、バットのミニチュア模型で支えるタイプの野球ボールも見える。床には少年サンデーと少年マガジン。サンデーは赤塚不二夫の「レッツラゴン」が新連載だ。母ちゃんか姉ちゃんがつくってくれたのだろう、氷枕で寝ている。私は小学校の低学年まで病弱な子供だったので、氷枕にはずいぶんお世話になりました。


 枕元にラジオがあり、カンナがイヤホンを耳に当てると、つけっぱなしのFENから音楽が聴こえてきた。「バッド・フィンガーの『嵐の恋』...」。カンナの知っている曲であった。昔のバンドだが、ケンヂのカセットか何かに入っていたのだろう。バッド・フィンガーはよく知らないな。ビートルズの子分という、たぶん偏ったイメージしか持っていない。「嵐の恋」も聴いた覚えがない。

 ただし、バッド・フィンガーが作って、二ルソンがカヴァーした「Without You」なら十代のころから大好きな曲である。遠い昔、初めて家族以外の女性と外泊した際、何気なくサイド・テーブルのラジオをつけたところ、二ルソン版のこの曲が流れて来て良い感じであった。

 フェイド・アウトしたときに、ラジオを止めて余韻を楽しむべきだったのだろうが、そのままにしたのが運の尽き。次に聴こえてきたのは、中島みゆきのドロドロの片思いソングであった。何度も書いているように、私は中島みゆきの大ファンだったのだが、彼女の作品の多くは、時と場合を選んで聴く必要がある。


 それとちょうど同じ頃、アメリカでも一人の少女が、二ルソンの「Without You」を愛聴しており、大人になったら歌手になって、この歌を唄おうと決心していたそうだ。「20世紀少年」にもその少女のファースト・ネームを拝借した人物が登場する。少女は夢をかなえて歌手になり、二ルソン同様、イントロに澄んだピアノの音をフィーチャーしたアレンジでこの曲を録音した。

 よほど好きなのであろう。マライア・キャリーは、ステージでも歌っている。彼女がメジャー・デビューしたとき、私はサンフランシスコにいて(喫茶店の名前ではなくて、都市のほう)、デビューに至るエピソードをカー・ラジオで聞いたことがある。

 レコード会社の社長が彼女のマネージャーと会った際、「聴いてみて、すごいから」とカセット・テープを渡された。そんなこと、よくある話に違いない。だが、社長が帰路に車内のカー・ステレオで聞いた声は、よくあるものではなかった。その場で車をUターンして戻り、契約した云々。


 さて、次にカンナが目にしたのは、勉強机の上に置かれた6年生用の算数のドリルであった。ドリル...。懐かしくも、うとましいその響き。今でも学校で使われているのだろうか。「6年3組 遠藤健児」と書いてある。これが本人の字だとしたら、4年生だった「よげんの書」当時よりも上達したな。

 ちょうど、そのとき、寝ている少年が小さなつぶやき声をあげて、寝返りを打った。真上を向いた寝顔は、どことなく未来の面影を残している。エンジニアの彼も、洒落た失敗をしてくれたものだ。カンナは3歳でケンヂを失い、育ての親なしで生きてきた。そして過去のケンヂおじちゃんとヴァーチャル・アトラクションの中で邂逅したのだ。




(この稿おわり)




ビワが生っておりました(2012年7月1日撮影)





沖縄と言えばハイビスカス(2012年7月8日撮影)