おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

うん モンちゃん 元気だ (20世紀少年 第404回)

 第14巻での粋な計らいといえば、モンちゃんとドンキーの登場である。私たちは死者とおしゃべりすることができない。さすがに半世紀以上も生きているので、親しかった友や可愛がってくれた親戚を何人も亡くしている。写真やメールが残っているから偲ぶこともできるし、共通の知り合いと故人の話題で語り合うこともできるけれど、本人とは連絡の取りようがない。

 あの世の存在を信じていないので、永遠に、再会する可能性ない。その昔、NHKで「夢であいましょう」という番組をやっていたな。夢なら会えるかもしれないが、人は知らず、私は死んだ知り合いの夢を見たことがない。なぜだろうか。大脳生理学などにおいて、夢は記憶の整理だという説があるらしいが(それだけではないことを私たちは経験的に知っているけれど)、きっと整理したくない記憶なのだろう。


 ヨシツネは幸運であった。ヴァーチャルであろうと、本人そのものとしか思えないモンちゃんに会えたのだから。日本の男同士の付き合いというのは、スポーツか飲み会でもない限り、普段むやみに相手の身体に触ったりしないものだが、ヨシツネがモンちゃんを抱きしめたくなる気持ちも分かろうというものだ。

 しかも、相手のモンちゃんが徹底して反抗的、非協力的なのが可笑しい。邪魔されてピンボールの玉が落ちて怒るのは正当な行為だし、いきなり中高年の男に抱き着かれたら、誰だって「ぐわ、なにすんだよ、気持ち悪い」と叫ぶに違いない。先ほど神永社長に抱きしめられたコイズミも気の毒だが、モンちゃんの場合、相手はなぜか泣いているし馴れ馴れしいし不気味この上ない。


 ともあれ、私だって会いたかったぜ、モンちゃん。思えば血の大みそかの夜、巨大ロボットに立ち向かった6人の戦士のうち(もう、7人とは言うまい)、ひとり彼だけがテロリストの汚名をそそぐことなく、この世を去った。もちろん、オッチョやユキジの子供時代もヴァーチャル・アトラクションでもっと見てみたいものだが、現実の世界(物語の)で実際に戦っている彼らが、ここで二重に活躍しては興を削ぐ。やはり、ここはモンちゃんの出番だろう。

 ヨシツネは、先ほどから気になっている質問、すなわちケンヂやオッチョやマルオやケロヨンがどうしているか訊くのだが、モンちゃんの回答はヨシツネの記憶とそっくりで新たな情報がない。しかも、最後に恐る恐る「ヨシツネはどうしてる?」と尋ねるのだがモンちゃんは「知らない」と言って駆け去ってしまった。


 ヨシツネは「全く存在感ないな、僕」と肩を落としている。その点は気の毒なのだが、彼は重大な失策を犯していることに気付いていない。「21世紀少年」でヴァーチャル・アトラクションに入ったケンヂは、真っ先に、彼の喫緊の用件であった「反陽子爆弾とは何か」という質問を、少年時代の自分にしている。

 ヨシツネとコイズミの作戦行動の目的は、”ともだち”の内面を探ることであった。しからば最初にすべき質問は(最後でもいいけれど)、「フクベエはどうしてる?」でなければならない。結果的に、思いもよらない展開によって特殊な土産話ができたものの、一言で片づけてしまうなら、第14巻の冒険は当初目的に限れば、ほとんど空振りに終わったと私は思う。


 しかし、やっぱり日ごろの行いが良いせいか、ヨシツネは追加の幸運にも恵まれている。モンちゃんはヨシツネの熱い抱擁から逃げ出そうとして、夏休みの宿題をやらなければならないから放してくれと言った。「ゲームセンターで遊んでるじゃないか」とヨシツネは追及するのだが、モンちゃんによれば「ここは、ちょっと寄っただけ」らしい。

 そして、モンちゃんは「今、俺、理科室の水槽の掃除当番で、学校行った帰りなんだよ」とも語った。新聞の日付は1971年の8月。ボウリング場のある本物の1971年。モンちゃんは「今日で夏休みが終わり」とも言った。8月31日。ボウリング場から逃げ出してきたコイズミの相手もしてやらずに、ヨシツネは記憶の糸を手繰り寄せる。

 
 第1巻にはモンちゃんとケロヨンが、ヨシツネとケンヂとマルオ相手に、夜の理科室の事件を話して聞かせる場面が出てくる。その話題が出たのは、その席がドンキーの通夜であり、ドンキーが6年生のときも学校から飛び降りたという昔話をケロヨンが思い出したからだ。

 ただし、第1巻でモンちゃんたちは、夏休みの出来事だったとは言っていない。まして、8月31日とも言っていない。ただし、ヨシツネは同級生だから、水槽の掃除当番は暑くて水質が悪化しやすく、長い休暇である夏休みにおける学童の役割だったことを知っているのだろう。クラスの人数は多いし、水槽の掃除は毎日やると魚が傷つく。モンちゃんの当番は一度だけだったに違いない。


 6年生の8月31日はモンちゃんの当番日だったのだ。ヨシツネは知らないかもしれないが、第12巻でショーグンは、モンちゃんに「ほんと、オッチョ、ゆうべ来ないで正解」と言われたことを思い出しているが、二人は登下校姿である。登校日か始業式か。間もなくカンナが確認するが、翌日は9月1日で、ドンキーはショックのあまり学校を休んでいる。間違いない、この日の夜なのだ。

 「今こそ僕に使命が下った」とヨシツネは言った。彼はコイズミを連れて公園に行き、飲み水で顔を洗って気合いを入れた。コイズミは、何が起きるのか分からないけれど何かが起きるという理科室なんぞに付き合うのを嫌がっているのだが、ヨシツネの決意は固い。天から下った使命だもんね。冷たいもんちょうだい、とコイズミは注文するのだが、ヨシツネは水をお勧めしてドンキーを捜しに行く。



(この稿おわり)




 
 
確か、もう3回目の「水でも飲んどけ」関連写真。西日暮里公園にて。
(2012年6月24日撮影)




上野の森(2012年7月1日撮影)