ヨシツネの頭の中が、ようやく整理されてきた。確かに自分は1971年の夏に、このボウリング場に来ている。ところが、コイズミは「ともだちの嘘」が仕組まれた1971年夏のヴァーチャル・アトラクションで、同じ場所に草っぱらと秘密基地を見た。ステージが違う。これこそ本当の1971年か。
「今こそ僕にやるべきことがあるんじゃないか。今こそ僕に使命が...」と言いかけたところで、コイズミが社長に抱き付かれて叫び声を挙げた。駆けつけたヨシツネを父親と思ったらしい社長は、名刺を差し出して慇懃無礼に「娘さんをください」と無茶なことを言っている。名刺には「株式会社ガッツボウル 代表取締役 神永球太郎」とある。
これが神様の本名であることは、彼が民間人初の宇宙旅行から帰還したときの報道で読者も知っている。ちなみに、私はかつて、この名刺の住所が新宿区であることを以て、ケンヂたちの育った町は新宿ではないかという推測の根拠の一つにしたのだが、名刺の住所は何とかビルの「七階」になっているので、少なくとも本社はこのガッツボウルとは違うところにあるのだろう。
ヨシツネは驚いた。よりによって神様が、秘密基地の破壊者「悪の大魔王」だったのだ。第14巻の驚きといえば、この神様と万丈目の二人が中年のころ、ケンヂやフクベエが少年だった時代に同じ町内で商売をしていたということである。しかも、この二人の商魂が、未来を暗転させたかもしれないという皮肉な話だ。
ヨシツネに「悪の大魔王」、「神さま」と呼ばれ、社長は前者を否定し、後者を肯定したうえで、ビジネスの繁盛ぶりを自慢し始めた。コイズミは、このエロおやじが神さま?と半信半疑である。さらに社長は、自分は預言者でもあると言い出して、「よげん」にはうんざりしているヨシツネを怒らせた模様である。
ヨシツネは史実を知っている。こんなボーリング・ブームなんて、2年で終わりだと突き放すように言うのだが、社長は素人が何をたわけたことをと、こちらも譲らない。次のヨシツネの宣言、「あんた、ホームレスになる」というのが傑作だ。コイズミの「そうそうそう」というリズミカルな反応と、「なんだそりゃ」という社長の鈍さが面白い。この当時まだ、ホームレスという言葉はなく、フーテンとでも言わなければ通じないからなあ。
ヨシツネは、本当の預言者なら、あんたが潰した秘密基地の少年たちが迎えた未来を予言してみろと迫った。それまで得意満面だった社長の顔が少しゆがむ。社長にとってヨシツネの主張は全く意味不明なのだが、でも何だか迫力を感じたのだろう。ここにボウリング場を建てたりしなければ、未来は変わっていたかもしれないんだとヨシツネは社長の胸倉をつかんでしまい、子分たちに引き離されている。
ヨシツネ、気持ちは分かるが、ボウリング場の建設は結果的に秘密基地を壊したけれども、神様の過失でも故意でもないのだよなー。だが、ヨシツネは多くの人々が死んでいくのを見てきたのだ。少年のころ悪の大魔王と決めつけた先入観も重なって、こうとでも言わなければ気が済まなかったのだろう。
さすがに社長はすぐ立ち直り、最後の預言を聞かせている。「いつまでも原っぱで小汚く遊んでいるのが子供の遊びだと思ったら、大間違いだ。未来の子供たちは屋内でゲームに興じるようになり、薄汚れたなりで外を走り回る子供などいなくなる」。これはなかなか含蓄のある予言であろう。少なくとも、ここ東京では、そのとおりになった。
ヨシツネは、「たいした預言者だよ」と呆れたようにため息をつき、コイズミを見捨ててその場を去っている。自分たちを原っぱから追い出したのは誰か。それに1997年以降、神様もヨシツネも「子供の遊び」に散々振り回されることになるのだが、それはヨシツネしか知らないのだから会話にならない。それに自分が別の原っぱに戻ったことをヨシツネはまだ思い出していない。
ヨシツネは「ということで娘さんは、いただく」と悪の大魔王にふさわしい神永社長の宣告も無視、抱きすくめられたコイズミの「ギャ」という悲鳴も無視。ふと見れば、先ほどのピンボール台で遊んでいる子が入れ替わっている。刈り上げ頭の健康そうな後ろ姿に、ヨシツネは見覚えがあった。
(この稿おわり)
天草諸島のお宿にて。お世話になりました。(2012年2月28日撮影)