第13巻の163ページ目。ダニー少年の話は、まだ終わっていない。「父さんが死ぬ前に言ってた」と彼は続けた。父親は死に際に息子に向かって、町がこんなことになったのは、お前が悪魔の女に体を売ったからだという暴言を吐いたらしい。少年はそのことで今も苦しんでいる。
先ほど地面に横たわりながら、彼が「誰にやられたの? 悪魔?」と遠のく意識の中で考えていたのは、父親の「悪魔」という言葉が脳裏から離れなかったからか。ケロヨンはこの健気な少年を自責の苦痛から救い出すべく、ダニーの両肩をがっちり抱いて「違う!!」と言い聞かせた。おまえだけが、そのクスリを打ったから助かった。そうじゃないのかと問う。
もっとも、第5話でキリコと山根の会話に出てきたように、人類の1%が生得の免疫を持っていてウィルスに負けないのであれば、ダニー君はその一人なのかもしれない。1%という数字の真偽はともかく、病気に罹る人と罹らない人がいるのは事実だし。だが、後にミシガンで増産されているのだから、キリコのワクチン開発そのものは成功したのだ。
ダニーはまだ元気を取り戻せない。ケロヨンの息子も(のちに出てくるが、修一という普通の名前である)、こんなとこヤバいから早く逃げようと震えている(北海道の仲畑先生が、1週間ほど経てば大丈夫と気づくのは、まだ先のこと)。親父のほうは動じることなく、その女の人は東洋人だったと言ったな?と質問を続けている。
きれいな人だったとダニー。コイズミと同じ感想。ケロヨンは質問が多いな。命の恩人の名前ぐらい聞いただろと訊くのだが、少年は否定した。キリコはやはり最後まで名乗らなかったのだ。だが弟の話はした。そのおばさんの弟も、ダニーと同じようにホウキ・ギターで、同じ曲を弾いていたのだと。
Q: 「なんだ? なんて曲だ?」
A: 「トゥエンティ―ス・センチュリー・ボーイ」
キリコはダニーが弟のように見えると言ったそうだ。弟の名前ぐらい知らせても大丈夫だろうと思ったのだろうか。日本ではありふれた名前とはいえ、世界に知られた「テロリスト」のリーダーなのだが。ケロヨンの、ようやく最後となった質問は「覚えてるか、その名前?」というものであった。「ケンヂ」とダニーは言った。
ケロヨンの脳裏に、第四中学校時代の光景が蘇る。無敵のケンヂの演奏姿。尋問は終わった。立ち上がったケロヨンは背中越しに「坊主、車に乗れ」とダニーに言った。そこから先のケロヨンの言葉は、自分自身に放ったものだろう。俺は15年前、奴の誘いを断った。そこから、逃げて逃げてこんなところまで来た。逃げっぱなしの人生はここでおしまいだ。
「俺のやるべきことが見つかった」とケロヨンは言った。なお、ヨシツネの表現は「僕に使命が下った」なのだが、ケロヨンのほうが分かりやすいし格好良いな。彼の息子はオロオロしているし、ダニーも何が何だか分からない様子であるが、ケロヨンの決意は固く、固まった以上、行動するほかない。
Q: 「親父、どうするんだよお」
A: 「地球を救うんだよ」
蕎麦屋のトラックはニューメキシコの荒野を貫く街道を疾走する。この絵に描かれている独特のセンター・ラインは、破線側(ケロヨンが走っている車線)からは中央線を越えても良いが、反対側から、はみ出すと違反という道路標識です。日本ではあまり運転しないこともあって、まだ国内で見た覚えがない。一応、国土交通省の道路局のサイトも調べたが見当たらない。
ともあれ、「地球を救う」だけでは抽象的すぎる。上位目標はこれで良いとして、ケロヨンは取りあえず、具体的に何をしようとしているのか。続きは第15巻や第20巻まで待つ必要があるのだが、ここでも推測はできる。キリコの足跡を追うほかない。追いつけば、カエルの勝ち。
(この稿おわり)
梅雨ど真ん中(2012年6月14日撮影)