おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

スーパーヒーローの思い出  (20世紀少年 第350回)

 マルオがフクベエの生死を確認しようとしたのは、これが初めてではない。1回目は2000年12月31日の夜のことで、単行本でいえば第7巻の190ページに出てくる。「フクベエは...フクベエは...」とうろたえるマルオを、ケンヂは見ないほうが良いと制止した。マルオもすぐに断念している。巨大ロボットを破壊するのが最優先だったのだから仕方がなかったのだ。

 しかし今回は事情が異なる。”ともだち”の正体に迫りつつあるのかもしれない。606号室は下手をすると”ともだち”一派のアジトになっているおそれもある。だが、マルオは「人を巻き添えにしないでくれ」というケンヂの言葉を忘れていない。春先生を巻き込むわけにはいかないから助力を断り、単身で乗り込んだのだ。

 
 あるいは606号室には、全く関係のない第三者が住んでいるかもしれない。そのときは別の調査手段に切り替えるしかない。他方、春さんの絵が他人の空似で、本当にフクベエが墜落死したなら、「カミさん」が目を覚まして自宅に戻り、三人の子を育てているかもしれない。それならご遺族から情報収集もできよう。ところが、事態はそのいずれとも違う方向に進んだ。

 インターフォンで「606」を呼び出してみると、幸い「はあい」と返答があってご在宅。マルオは「年初のごあいさつにうかがったのですが」と穏当な方便を用いたのだけれども、「今、おふくろ出かけてるんだけどぉ」という返事であった。どうやら母親と息子が暮らしているらしい。ここでマルオは一計を案じ、「お線香だけでも...」と頼み込んだ。


 都内のマンションに仏壇がある確率はそんなに高くないと思う。だが、オートロックは見事に開いた。それに、もしも留守番役が娘一人だったら、このマルオの人相風体では入れてもらえなかったかもしれない。しかし、マルオはジジババのアイスで、当たりクジを引き当てたほどの強運の男。彼も賭けには強いのだ。

 迎えに出てきたのは髪を脱色した、いかにも今風の青少年。姉ちゃんは遊びにいった。兄ちゃんは家を出て一人暮らしという。3人兄弟なのだ。2000年の地下水路で、フクベエは3人の子を実家に預けて駆けつけてくれたとケンヂが紹介していたのをマルオも覚えているだろう。では、本当に彼の子か。


 そこに子供たちの母親が戻ってきた。マルオは挨拶を済ませてから、この一家が「ずっとこちらに住んでいた」ことを確認し、自分はご主人の小学校の同級生であることを伝え、そして、線香をあげさせていただきたいと申し入れた。奥様がお招きした部屋に仏壇がある。

 マルオは線香を2本、立てている。私も歳のせいか年々、法事が増えているが、宗派によって線香のあげかたや焼香の仕方が異なることを、恥ずかしながら最近まで知らなかった。うちの実家は曹洞宗で、ここでのマルオと同じく、2本の線香を立てる。


 仏壇に飾ってある写真。今は亡き父親と幼い3人の子供たち。この子達は読者も見覚えがあるが、父親の顔は読者もマルオも見覚えがない。怒りと驚きにマルオの形相が一変する。どうもこの第12巻のマルオは怖いな。「こちらの写真、ご主人ですよね」と彼は訊いた。不思議な質問に、奥さんは「え...ええ」とまごつき気味に応えている。嫌な予感は的中したのだ。

 弔問客という立場も、そのフリをする必要も、同時に消えた。「この家、誰かに貸したことありませんか? 1997年に」とマルオは訊いた。奥さんは明らかに動揺しているが、想像外の会話の展開とマルオの形相の恐ろしさについていけないのだろう。震えながら黙ってしまったのだが、先ほどの青少年が「その日のことは覚えているよ」と助け舟を出してくれたのだ。


 青少年が語ったあの夜の思い出の中身は第3巻に出ているので、ここで詳しくは繰り返さない。初対面の「地球を救うスーパーヒーロー」は、「平和のために、まずお前たちのメシを作る。何が食いたい?」と言ったが、注文を聞き取った形跡はなく、ともあれ「特製ケンちゃんライス」を作ってくれたのだ。

 第9巻にはフクベエが、クリスマスの食事のメニューとして、子供たちが食いたがっているという「ケンちゃんライス」のレシピを、ケンヂに尋ねている場面が出てくる。説明を聞いて「ただの焼きメシじゃないか」と食い下がるフクベエに、ケンヂは「うまくなれーって気合いを入れるんだよ」と答えている。


 その夜、スーパーヒーローに美味いかと訊かれた子供たちは全員、無言であった。しかし、その末子によれば、「あれから俺達、何度も挑戦したけど出ないんだよね、あの味が...」とのことだ。ケンヂが聞いたらさぞかし喜ぶだろうな。「気合いが足りない」と言うんだろうな。

 あの夜のエピソードは、ケンヂとフクベエしか知らなかったらしい。マルオは、「何を作ったんだ、そのスーパーヒーローは?」と質問している。「ケンちゃんライス」という返事。自ら地球を救うスーパーヒーローと恥ずかしげもなく名乗り、ケンちゃんライスなどというものを堂々と作る人物となると、マルオの知る限り一人しかいない。


 ようやく妻女も正直に話してくれた。前年に交通事故で夫が亡くなり、途方に暮れているとき多額の報酬を以て、606号室を貸してくれと”ともだち”の団体の方に頼まれたとのことだった。本人は温泉でのんびりしていたようだぞ。ともあれ、ケンヂを騙して仲間入りするために、これだけの金と手間をかけていたとは、嘘つきもここまでくれば一級品。

 その後で、マルオは自分が生まれ育った街を歩いている。彼が見上げているのは、前後してカンナも見ていたコンビニであろう。彼は歩きながら春先生に電話し、新年会をすっぽかしたことを詫びたうえで、重要な報告をした。「”ともだち”が誰だか分かりました。」と伝え始めたところで、事態は急展開してケータイどころではなくなってしまった。


(この稿おわり)




大型連休は渓流釣りに初挑戦。
狙った獲物はアマゴだったが、釣果は4匹のアブラハヤ。
放してやりました。(2012年5月4日撮影)