おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

高所恐怖    (20世紀少年 第173回)

 第5巻の第10話のタイトルは「フクベエ」。彼も「墜落死」したおかげで、ようやく一話の主人公となった訳だ。その冒頭、地下水道で彼がケンヂに「ケンちゃんライス」のレシピを教えてくれと頼んでいる。3人の子供に、クリスマスに食べたいものを訊いたところ、そのリクエストがあったらしい。

 ケンちゃんライスは、第3巻で同級会の夜にケンヂが子供たちに食べさせてやった大盛り炒飯だが、その日、酔い潰れていたか、そのふりをしていたフクベエがその場面を見ていた気配はない。見ていなかったならば、子供らとフクベエの間には何を食ったかぐらいのコミュニケーションはあったらしい。


 それは尤もな話で、あの晩のケンヂに向かって、「この人は本当の父さんではない」などと説明されたら万事休すだから、それなりの会話はあったに違いない。ともあれ、ケンヂがフクベエに解説したレシピは、フクベエに言わせると「単なる焼きメシじゃないか」というものであった。やきめしという表現からして、王将のファンであろうか。

 ケンヂは「味の決め手がある」と反論し、「うまくなれーって、気合い入れるんだ」と述べ、フクベエに「相変わらずバカ」と言われている。この男にまで...。さて、フクベエは実家で待つ子供たちに会いに行くそうで、手にはおもちゃ屋の袋も下げている。本当に会いに行ったのかな??


 ケンヂに「煙突から落ちないようにな、サンタさん」と声をかけられて、フクベエは「高い所は苦手だ。玄関からそっと入る」と応じている。フクベエには高所恐怖があるらしい。初めての読者は、それでもめげずに13階の鉄柵を乗り越えた彼の勇気に感動するであろう。

 私も幼いころからの高所恐怖症である。父がそうだったらしいから遺伝か。もっとも、私の場合は、すごく高いところに行くと下半身の力が抜けそうになるというくらいの症状であり、吊り橋も渡れないというほど辛いレベルの不安恐怖ではない。


 サンタ・フクベエは去り際に振り向いて、ケンヂに「仲間に入れてくれて、ほんと、ありがとうな」と話しかけている。悪くとれば限りなく暗い皮肉であるが、しかし案外、本音交じりの一言なのかもしれない。

 血の大みそかで、”ともだち”はケンヂが死んでも構わないという前提で凶行に及んでいるが、しかし利用はしたが、ケンヂを殺すのが目的だった訳でもない。血の大みそかの後も、実質的な終身刑となったオッチョを除き、「ケンヂ一派」に対する”ともだち一派”は寛容すぎるほどに甘い。その辺については、また後に語ろう。


 血の大みそかの夜、2人が落下した後、ケンヂはトランシーバーで状況を報告しなければならない。フクベエと、お面をかぶった”ともだち”らしき男が屋上から落ちた、リモコンも木端微塵だとみんなに伝えた。ユキジは目に涙を浮かべている。

 「フクベエ、ロボットを止めたのね。これで、もう...。」と彼女がつぶやいたとき、友民党本部でモニターの前に陣取っていたオッチョは、恐るべき光景が映し出されているのをみた。巨大ロボットは、依然として動いていたのであった。


(この稿おわり)


上野公園のケロヨン(2011年11月7日撮影)