おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ケンヂはいつカツマタ君の名前を思い出したか    (20世紀少年 第260回)

 このブログは、基本的には単行本の1冊目から順を追って感想文を書いているのだが、話題がときどき遠い先の展開に跳ぶのは、書いておかないと忘れてしまうという、わが記憶力の老化の対策です。今回のタイトルについても、いずれ第22巻あたりから詳しく書けたら良いなと思いつつ、いま漠然と考えていることを備忘録として残しておきます。

 ようやく第22巻の後半になって、ケンヂがジジババの店から宇宙特捜隊のバッヂを持ち逃げした事件が、「二人目」の”ともだち”の暴挙に関係していると、ケンヂが考えているということが分かる。そのバッヂと同じものがトラックのマルオの尻の下から出てきたとき、ケンヂは冷静そのものだから、すでに確信していたと言ってよいだろう。

 
 「21世紀少年」下巻のラスト・シーンで、バーチャル・アトラクション(VA)に入ったケンヂは、ナショナルキッドのお面をつけた中学生に向かって「カツマタ君だろ?」と声をかけている。その少し前の場面で、すでにVAから戻ったケンヂは、「”ともだち”って、誰だか分かったの?」とユキジに訊かれて、「ああ」と答えている。ここでユキジが尋ねている”ともだち”とは、フクベエの「後釜」のことと考えて間違いないな。

 だが、上巻でその後釜が死んだ直後、マルオに対して、誰なのか分からないと答えている。死の直前に、自分が誰かは「ケンヂが知っているよ」と後釜が言ったにもかかわらず、だ。では、この時点で、ケンヂは後釜の名前を思い出していなかったのだろうか。それとも、マルオに過去の自分の恥をさらす気になれなくて話ができなかったのか。あるいは、その両方か。


 両方のような気がする。2000年血の大みそかは、マルオも他のメンバーも関与した秘密基地と「よげんの書」が事の発端であった。だが、西暦の終わりは、ケンヂの極めて個人的な過去の事情に触発されたと言ってもいい。悪が滅び、全てが終わった以上、ケンヂは話す気にはなるまいし、その必要もない。その話ができなければ、カツマタ君の名前も出せまい。

 ただし、ユキジには話したはずだと考えてもおかしくない。なんせプロポーズの後だしね。ともに国連の表彰式に出なかったのも、そのあたりに理由がありそうな感じがする。そして、バッヂ事件を誰かに話すにしろ、話さないにしろ、ケンヂは最後の最後になるまで、カツマタ君の名前を思い出さなかったように思う。


 とは言ってみたものの、たいした根拠はない。まず、第1巻の107ページ目で、モンちゃんがカツマタ君の名前を出したときのケンヂの反応は極めて鈍い。第22巻で彼は”ともだち”に向かって、ずっと気になっていたと白状しているから、バッヂ事件そのものは覚えていたと考えたいが、なんせユキジの名前さえ忘れているような人だから、相手の名を記憶していなかったのだろう。

 それに、第22巻でVAに入ったとき、ケンヂは万丈目に対して、2015年に”ともだち”が死んだあとで”ともだち”になりすましたのは誰かと訊いているし、また、ナショナルキッドのお面の少年に、もう一人の”ともだち”かとも尋ねている。彼自身、後釜の”ともだち”探しを続けているのだ。これらの場面で、すでにカツマタ君の名前を思い出しているのならば、その名を出して質問するのが自然だろう。


 「よお、おまえさ、カツマタ君だろ?」という質問に、身投げをやめた少年は答えていない。それでも、ケンヂはユキジに誰なのか分かったと答えているのだから、自信があるのだ。ではなぜ、1997年にはその名を覚えておらず、死んだことになっていることに疑念を持っていないケンヂが、VAの中で確信を得たのだろう。

 結論は出せそうもない予感がするが、推測ぐらいしてみようか。VA内の第四中学校の屋上で、中学生のケンヂとナショナルキッドの会話を聴きながら、少年時代の何らかの記憶が蘇っのたか。あるいは、小学5年生のケンヂと共に、冤罪の迷惑をかけたことを謝罪しにいったときに、小学生の自分に相手の名を訊いて教わったか。お話しとしては、後者のほうが面白いかな。


 カツマタ君とサダキヨは子供のころ、お互い友達であった。二人は学年以外にも共通点は多い。いずれも小学校5年生のとき、殆どフクベエの言いなりであった。ともに、ナショナルキッドのお面が愛用品であった。体格や服装も似ている。サダキヨは中学生のときフクベエに電話したところ、君は死んだことになっているよと言われた。カツマタ君も死んだことになった。

 火のないところに煙は立たない。転校した子供の死の噂など、関心のない人物から出るはずがなかろう。では、この手の意地悪な噂話をしそうな子供の登場人物はというと、「お前は今日で死にました」というようなことを平然と言い放つ小僧しか思い浮かばない。ナルシストは凶悪なのだ。


(この稿おわり)



ある映画の撮影風景。中央はかつてヨシツネを演じたお方。
(2011年11月25日撮影)