おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

グルグルうずまき   (20世紀少年 第274回)

 心理学・心理療法の分野に、学術用語ではないと思いますが、3Aという用語があります。うつ状態になりかけている人や、なってしまった人は、精神、身体、行動に変調が生じます。このうち、他者にも分かりやすいのが行動面なので、その典型例(全てではないことに注意)の頭文字をとったのが3Aです。

 3つのAとは、accidents(事故、仕事のミス、対人関係のトラブル等)、alcohol(飲酒に代表される依存傾向)、absence(欠席、遅刻、早退など)です。もっとも、普段からミスの多い人や大酒呑みやサボりの常習者はいるので、ここで注意すべきは、有るかとか多いとかではなくて、増えたという「変化」です。

 
 コイズミの場合、ともだちランドから生還したものの、毎日のように高須や忍者ハットリくんのお面が出てくる嫌な夢に悩まされ、起きてもショックから抜け出せず、同級のトモコさんによると「毎日、遅刻」の状態らしい。ところが、コイズミはかねて悪魔系バンドの追っかけで、欠席・遅刻を繰り返していたため、誰も「変化」に気付いてくれない。

 それどころか、ランドの成績優秀者はエリート扱いらしく、担任の教師も生活指導の先生も遅刻を叱らなくなり、トモコさんにも進学や就職に有利とうらやましがられ、自宅でも自慢の娘になってしまっている。こんな環境下で、バーチャル・アトラクションの中での奇怪な出来事や、その後の彼女の恐怖や不安を、一体、誰に相談できようか。


 そんなとき、すれ違った生徒が爆弾娘こと遠藤カンナであることをトモコさんに教わったとき、コイズミの心境は、溺れる者は藁をもつかむといったものだったろう。コイズミの脳裏に、「ケンヂの娘だ。俺、行方を捜しているんだ」と語っていた神様のラーメン姿が浮かぶ。

 思わず「遠藤さん」と声を掛けたものの、何せ切羽つまっているのでなかなか続く言葉が出て来ない。トモコさんの前で、下手にケンヂだのヨシツネだのの名前も出せないので、コイズミは”ともだち”の子供時代の姿を話題に選ぶのだが、ここで彼女が見せているジェスチュアと説明振りは、なかなか上手いと思うよ。


 すなわち、第10巻の48ページ、「こ〜んな大きい目のお面かぶった子。口もこ〜んなにでかくて、ほっぺたにグルグルうずまきのあるお面の」というものだが、カンナには全く通じない。この記念すべき最初の会話において、カンナが口にした唯一の日本語らしい台詞は、「あなた、日本語、苦手?」であった。コイズミは「のののん」とフレンチな返事をしている。

 カンナは忍者ハットリくんのお面を知らないのだ。血の大みそかの夜、ハットリくんのお面は2回、出てきた。デパートの屋上でフクベエとケンヂの前に、それから、巨大ロボットに乗ったケンヂが”ともだち”と対峙したときに。しかし、いずれも「そんなお面」というような表現しかされていないので、地下でトランシーバーを聴いていただけのカンナには何のことやら分からなかったのだ。


 その後も知る機会はなかったとみえる。そもそも、コイズミもこれが忍者ハットリくんであることを知らないし、二人とも、どうやらこれが”ともだち”御用達のお面であることを知らないらしい。それが周知のことなら、会話がこうして擦れ違うはずもない。1997年の「ともだちコンサート」はこのお面だったのに、その後どうなったのだろう。

 21世紀に入ってから、2014年のこの時点まで、”ともだち”は、全く描かれていないので(包帯巻きのビデオが唯一の例外)、推測しようもないのだが、もはや忍者ハットリくんのお面で、公衆の面前に姿を現すことはなかったということか。2015年の元旦、春波夫先生とマルオが初詣に出かけたとき、春さんが面会したのは素顔の”ともだち”であった。限られた一部の人しかお目にかかれないということか。


 この次のシーンは、いつか取り上げたもので、神様とユキジが七龍ラーメンで会食する場面。私の推測は、ユキジが神様にスポンサーになるよう依頼したというもので、今でもそう思っているが、確たる証拠もない。ヨシツネのヘリコプターは高価だろうが、この時点で神様はもちろんユキジもまだ、ヨシツネに会っていない。

 まあ、神様だから何でもありだが。まずはユキジの「地下活動」を支援したと考えるのが、無難なところかなあ。ともあれ、この程度でくじけるようなコイズミではない。コイズミ、今度はカンナの追っかけを始める。


(この稿おわり)


写楽の凧とは洒落たことを。(2012年1月28日)