おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

クマノミの名 (20世紀少年 第329回)

 第11巻の222ページ目は構成が上手くて、戸倉とオッチョの会話が理科室の話題で終わり、続いてユキジの回想が、その理科室の中で始まる。彼女によれば、山根の記憶は「あの時だけだ」そうだが、その日は理科の時間にフナの解剖があったという。何年生のときか分からないが、解剖となると高学年だろう。そしてフナの解剖は、何回も授業でやるようなものではあるまい。

 もしも、カツマタ君がユキジやヨシツネと同じクラスで、且つ、彼が実際にフナの解剖の前日に亡くなっているのであれば、この日はきっとお通夜が告別式で、理科の実験どころではなかったはずである。それにユキジの記憶力は勝れている。この前日に同級生が死んでいたら、ここで一緒に思い出すはずだ。

 従って、カツマタ君は、以下のいずれかに該当するはずである。①フナ解剖の授業があった学年において、ユキジやヨシツネとはクラスが違う。②本当は死んでいない。③その両方。


 以下は私見に過ぎない。「21世紀少年」の最終場面のケンヂの結論を信じるとしてサダキヨ以外のナショナル・キッドのお面を付けた少年がカツマタ君であり、また、カツマタ君は小学校時代に死んでいなかったのであれば、強引に設定されたカツマタ君の「命日」は、フクベエに「お前は今日で死にました」と宣告された日であろう。それ以降は、幽霊にさせられた。

 追ってまた検証するが、その日は5年生の夏休みの最中で、サダキヨが引っ越す前の時期であるはずだ。だから解剖の前日ではなかろう。また、本当に小学校時代に死んだのだとしたら、最後にケンヂが示した判断は間違っていたということになる。これは今の私には採用しがたい。

 つまり、「カツマタ君は楽しみにしていたフナの解剖の前日に死んだ」という噂話は、山根が戸倉に伝えているし、ケロヨンもモンちゃんもその通り記憶しているのだが、現時点では少なくとも、どこかの部分が作り話であるとしか思えない。この点は、ここで急いで結論を出すのは控えます。


 ユキジの思い出に戻ろう。彼女は放課後に理科室に戻った。解剖の授業が騒然となったので、ハンカチを置き忘れたためである。ユキジは泣き出した女子(これは、やむを得まい)の手伝いをしたり、隣の席のヨシツネが気分が悪くなって保健室に運んでいったりで(これは、やむを得まいとは言えまい)、忙しかったのだ。

 理科室で彼女が見つけたものは、置き忘れたハンカチ、フナの解剖の匂い、そして水槽を覗き込む山根であった。この水槽は、6年生の8月31日にモンちゃんが担当した水槽とは絵柄が違う。中で泳いでいるのは、数匹のクマノミクマノミが種類が多いが、これは横縞のデザインからして、ニモの映画でお馴染みのカクレクマノミだろうな。

 小学校で熱帯海水魚を飼うとは、なかなか先進的というか予算充分というか。私は南の海で泳ぐのが大好きで、中でもクマノミがイソギンチャクから出たり入ったりする姿は、幾ら眺めていても見飽きない光景である。ただし、神経質な魚なので、すぐに逃げ隠れ、しばらく見ていないと出てこない。


 さて、理科室の山根は振り向きもせずに、キリコに「君も生物部に入る?」と誘っている。キリコは即座に断っているが、山根は気にも留めず、生物部の研究対象は半魚人であるなどという与太話を続けた。地球が大洪水になるときに備えて、死なない人間を作るのだそうだ。

 彼は4年生のときオッチョに対して、「よげんの書」程度では地球は滅亡しないなどと小馬鹿にしているのだが、半漁人の研究なぞ、どっちもどっちの代物だろう。それよりユキジは、このとき山根からクマノミに付けた名前を聞かされたのを思い出して愕然としている。どのクマノミのことか分からないが、ともかく山根は「キリコ」と名付けた。細菌研究を目指す同志。


 これより一足先にカンナが、キリコと山根がは病院で同僚だったことを突き止めたのだが、どうやらまだユキジには伝えていなかったらしい。読者もここで、この二人が病院時代よりも、もっと前から何らかの関わりがあったようだと知るのだが、それが何なのか、ここでは分からない。山根の笑い方が不気味なだけだ。

 ユキジの想起と同時に、ヨシツネもモンちゃんメモから、山根の名前を見つけ出している。「ヤマネ 同級」と読める。同級生とは、通常、同じクラスの生徒のことであって、同窓生とも同学年とも違う意味で使われる。しかし、山根は5年生のとき自分たちとはクラスが違ったと、第12巻でユキジは断言している。では、山根はいつ誰と同級だったというのか。


 それとも、サダキヨの言い間違いか、あるいはモンちゃんの聞き違いに過ぎず、単に同窓で同学年だったということか。ここでは他に判断材料がないので、追って考える。この時点で重要なのは、ヨシツネやユキジにとって、山根が”ともだち”に深く関係する容疑者として初登場首位になったことだ。

 なお、山根は「一人生物部」をやっているとおり、クマノミとか細菌とかの生き物が好きであって、化学実験は好みではなさそうだ。彼がアルコール・ランプを見ると気が落ち着くのは、加熱用の道具としてではなく、夜中の学校で幽霊とともに実験するためには照明器具が必要だったからだろうと思う。


 ちなみに、この場面では、モンちゃんメモの別の紙も描かれている。サダキヨは山根情報も詳しく伝えていたのだ。「開発者と思われる」、「ヤマネ 同級」、「テロ計画の中心人物」、「2000年当時の動向」、「副所長候補者」、「現在 大福堂製薬 研究所 所長」、「鳴浜病院から細菌研」、「共同開発 ワクチン開発」。

 キリコは1997年に”ともだち”から離脱しているので、2000年当時、あるいはモンちゃんメモが作られた2002年当時、山根と「共同開発」していたというのは、たぶん戸倉だろう。ようやくヨシツネとユキジがここまで探り出したとき、さすがはオッチョ、すでに戸倉から山根情報を聴き出しで先回りしている。ここで第11巻は終わります。


(この稿おわり)



我が家にはクマノミはいないが、睡蓮鉢でメダカを飼っています。
春になると日向ぼっこのため、水面に浮かんでくる。
(2012年4月12日撮影)