おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ニュー・シネマ・パラダイスへようこそ (20世紀少年 第318 回)

 第11巻でカンナが鳴浜町のオデオン座を訪ね行く場面は、私のお気に入りのシーンの一つだ。その理由は、読むたびにこの場面が、大好きな映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を思い起こさせてくれるからです。カンナはこの地で深い心の傷を負うのだが、後にオッチョおじさんが癒してくれるので大丈夫。では、今日も脱線します。

 イタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」は、1989年に公開され、日本でも大ヒットした作品である。私はこれを最初にいつ観たのかよく覚えていないのだが、当時はアメリカにいたので、一時帰国の間に映画館で観たか、本帰国してからDVDで観たかのいずれかだろう。昨年、約20年ぶりに再び観た。何度見ても楽しい。


 この映画はいろんな観方があるのだろうが、ストーリーの軸の一つは徒弟関係である。ときには厳しく時には優しい職人が、若者を育てる物語だ。主人公は弟子のトトなのだが、私のヒーローは、師である映画館の従業員アルフレードである。彼は、シチリアの町にある映画館「シネマ・パラダイス」で働く映写技師で、トト少年は彼のもとに通い詰めては、見よう見まねで映写の技術を覚える。

 この映画館は、小さな町の最大にして唯一かもしれない娯楽場であり社交場でもある。ある日、アルフレードは満員の客席に入れず、外に溢れ出してしまった町の人々に親切心を起こしたのが仇となって、映画館が使えなくなるほどの火災を起こしてしまう。しかも無理して消火しようとしたために、彼は酷い火傷をおって失明してしまった。


 目が見えないのでは、映写の仕事はできない。やがて火事で焼けた映画館が、宝くじを当てた男の出資により(この設定が洒落ている。さすがイタリア映画)、再建されて「ニュー・シネマ・パラダイス」となり新装開店した。映写技師は、引退を余儀なくされたアルフレードの跡を継いで、若きトトが務めることになった。

 これ以上、映画の筋を明かすのは避けて、以下は、私の好きな唯一つの台詞の紹介に費やします。重責を引き継いだトトは、一所懸命、仕事をしている。あるとき彼が作業中に、ふと映写室にある小さな丸椅子を目にして、寂しげな表情を浮かべるシーンがある。それは、かつてアルフレードが座っていた椅子に違いないということが、初めて観る者にも分かる。


 そのとき、前触れなしに映写室のドアを開けて、濃い色の眼鏡をかけたアルフレードが両腕を広げて挨拶に来る。このとき、トトに対してアルフレードが口にした一言は、去年、私が借りたDVDでは、一字一句まで覚えていないけれど、「今でも私の居場所はあるかね?」というような日本語字幕であった。

 この言葉は直前のトトの仕草と良くつながっているので、私はイタリア語を全く解さないが、きっと正確な直訳なのだと思う。文句はないです。されど、20年ほど前に観たときの字幕は、そうではなかった。一番印象に残った場面だったので、台詞まで覚えているのです。アルフレードは、こう言った。「ニュー・シネマ・パラダイスへようこそ」。


 本来、こういう挨拶をするとしたら、今の立場からすればトトのほうであろう。だが、それまでの二人の親密な関係や、お互い映画が好きで好きでたまらない様子を見ていると、この場面からはアルフレードの仕事に対するプライドや、映画に寄せる愛着が自然に伝わってくる。トトがそれを、しっかり引き継いでいるのを感じ取ることもできる。この訳でも、しっくりくる。

 まだ、この映画をご覧になっていない方は、是非一度、観ていただきたいと心から思う(なお、決してお上品な作品ではございませんので、少々のご覚悟は必要です)。カンナが辿りついた映画館はすでに閉業していたが、アルフレードのような爺ちゃんが彼女を歓迎してくれることになる。


(この稿おわり)



ご近所名物、善性寺の桜(2012年4月3日撮影)