おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

モンちゃんメモを読んでみる   (20世紀少年 第317回)

 第11巻の148ページ目上段に、モンちゃんメモの一番上の紙が描かれている。多くの先輩読者が目を皿のようにして読み取ろうとしたに違いない。このメモはどうやらノートに書かれたものではないようで、一枚一枚の紙に書いては重ねという作業をしたようにみえる。この絵はサダキヨから聴き取った最後の情報なのかもしれない。

 この紙に書きとめられている内容は、”ともだち”情報というよりも、友民党と万丈目に関する事柄が中心である。先に書かれたメモ、下のほうにある紙にはもっと重要な中身が含まれているのかもしれない。それに、ここに書いてあることは、これから物語の中で描写されることも多いので、私が読んだ感じでは、それほど驚くようなことは載せていないように思う。


 とはいえ、モンちゃんの遺書である。できる限り再現してみたくなりました。まず左上に「友民党」、その下に線でつなげてあるのは「政権政党内部」と「調査」。連立仲間の与党第一党と友民党の内輪の関係を調査せよということか? これに関しては、いずれ後ほど話題にしたいことがある。敷島教授の娘関連。

 さらに「調査」の下は、「細菌兵器研究」、「サリン」、「VH」、「全身から血の吹き出す奇病」と読むか。「VH」というのは、「VXガス」または「VMガス」のことだろうか。友民党は、細菌兵器のほかにも、サリンほか毒ガスの開発にも挑戦していたらしい。

 ただし、細菌兵器の開発に成功したので、「よげんの書」に従って、そちらを優先したということか。それにしても、ここまで知っているとは、サダキヨも単なる英語教師と博物館長ではなかったということだ。


 メモの中央上段には、右側に「最重要人物」という注意書きを付された囲いの中に、「万丈目」、「後」の字で始まる名前の官房長官と、「羽」の字で始まる誰かの名前だ。このうち「後」と「羽」の詳細は不明。

 通常、内閣官房長官は主要ポストだから、連立政権下でも与党第一党から任命される。ただし、日本新党細川政権時代、新党さきがけから官房長官が選出されているので、前例なしとは言えない。さきがけもキャスティング・ボートを握った。友民党は歴史に学んだか。


 真ん中あたりが一番読み辛いのだが、おそらく左側は「60年代」、「流行」、「ローラーゲーム」、「ボーリング」、そして多分「ボクシング」。

 右側が「70年代」、「スプーン曲げブーム 火つけ」、「超能力」、「出演 失敗」、「影のプロモータ」、「目をつけた」、「イカサマ バレた」であろう(その下にある矢印の先が見えないのが残念)。


 「60年代」と「70年代」は判読しづらいので、私の推測です。特に、ローラーゲームとボーリングの話題は、後からも出てくるが、いずれも大ブームとなったのはサダキヨや私が小学校高学年だった60年代の終わりから70年代の初めにかけてなので、万丈目の関与がいつごろなのかは判然としない。

 ただし、スプーン曲げの騒動が70年代だったのは間違いない。ユリ・ゲラーが来日したのは、ケンヂがカンナに語っていたように、彼が「中学ん時」である。現実の世界で実際にイカサマ騒動が起きたのは、さらにその後である。これらの流行に、万丈目はプロモーターとして関わっていたという設定である。これについても、物語の後段で出て来ます。


 ただし、ボクシングの興業だけは出てこなかったと思う。ボクシングは戦後早々から今日に至るまで、日本人に愛され続けているスポーツだが、60年代となると私にとっては、ファイティング原田であり、あしたのジョーであり、カシアス・クレイである。

 実にどうでも良いことだが、子供のころ、近所の寿司屋の兄ちゃんの顔がファイティング原田と酷似しており、彼が出前か何かで拙宅に来たときに、幼稚園児ぐらいだった私が「原田!」と叫んだという話が実家に語り継がれている。ボクシングはそれくらい身近なものだった。


 モンちゃんメモの内容のうち、実際に役だった情報というと、読者が知る限りでは「キリコ行方 オデオン座」と「ヤマネ 同級」の部分。一番上のこのページはただちに直接、何かに影響を及ぼした形跡はない。

 下に重ねられた他の紙も相当、読み辛かったようで、先を急ぐヨシツネとユキジは、どうやら卒業写真のほうを重視している。コイズミの出番。とはいえその前に物語は、オデオン座の所在を突き止めたカンナの行動を追う。


(この稿おわり)



桜散る散歩道(2012年4月12日撮影)