おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

覚醒   (20世紀少年 第292回)

 私のような日本の中高年の男たちには、古い話題であろうと若い連中も付き合うべきであり、昔のことを知らないのは若い連中の責任であり、その場合、こちらは好きなだけ薀蓄を垂れても良いと信じて疑わない者が無数にいて、全国で多大なるご迷惑をお掛けしている。

 神様もヨシツネもサダキヨも、そうやってコイズミを困られせてきたのだが、彼女のように愛想良くお相手しても図に乗るだかだから適当にあしらわなくてはならない。第10巻第11話の「雷鳴」では、今度はカンナが校長に訳の分からないことを言われて苛立つ立場に身を置くことになる。


 先日の小欄では、殺されると怯えているコイズミを保健室に置き去りにしたカンナの行動について、如何なものかと苦言を呈したのであるが、カンナは職員室でサダキヨ先生の連絡先を知ろうと躍起になっており、「早くしないと小泉響子が」と焦っている。ちゃんと心配しての行動だったのだ。悪く言ってごめん。

 しかし、情報が出てこない。カンナはお馴染みの「誰も信じられない」というセリフを教師に向かって吐いているのだが、間もなく彼女は、誰も信じられなかった時代のほうがまだましだったと感じるほどの、過酷な事実を次々と知らされることになる。そこを通りがかったのが春川校長であった。


 人は見かけによらないとか、人は見かけで判断するなというのは、通常、正しい。われわれは人の本質を見かけだけで知り抜くほど立派に出来上がっていないし、人は変わるし、人間関係も変わる。しかし、この校長は見かけどおり腹黒い女であった。カンナはそれをまだ知らない。

 着任早々のミーティングをすっぽかされたので、サダキヨ先生に会いに行くから一緒に来ないかと校長に誘われ、さらに、雨が降りそうだからとサダキヨと同じ督促文句も並べられて、カンナは校長の車に乗った。2000GTでもヨタハチでもない小型車に雨が降り注ぐ。


 最初のうち、校長は口先だけだろうが、教育者らしい言葉を吐いている。すなわち、カンナが学校に戻ってきてよかったとか、教育者としてのモットーは特別扱いしないことだ云々といった調子であったが、カンナの母親の話を始めてから、例によって、中高年と若者のコミュニケーション・ブレイクダウンが始まる。

 カンナが爆弾娘になった原因は、両親の行方が分からないという点は間違いではないにしても二の次であって、ケンヂたちを悪者に仕立てて我が世を謳歌する”ともだち”、そして、疑うこともなく”ともだち”を崇拝している周囲の大人に対する怒り、社会正義なのだ。だからこそ、驕る”ともだち”は久しからずの信念を胸に秘め、マフィアだの警察だのとやりあってきたのだ。


 カンナは校長の一方的な話の中に出てくる、「聖母」であるとか、「あなたが”連れ戻される”」といった言葉の意味が分からない。校長はカンナがとっくに知っていると勘違いしているらしく、カンナの鸚鵡返しの疑問に応じる気配もない。それどころか、サダキヨの博物館に連絡を取り、コイズミの所在をキャッチすると冷静に高須あて通報している始末。

 そして、やっぱり馬脚を現すときがきた。「お近づきになれないかしら、あの方に」というご相談である。カンナの学校の教師は、”ともだち”万歳の歴史しか教えない先生とか、盗撮で捕まった担任とか、博物館に放火して教え子と逃走中とか、ろくな人材がそろっていないのだが、教師も教師なら校長も校長なのであった。


 ついにカンナは校長の口から、自分の父親が”ともだち”であるという衝撃の事実を伝えられる。車窓の外に稲妻が走る。誰も信じられないはずのカンナが、直観的に校長の話が真実であると悟ったのは、その瞬間に、自分が幼いころからスプーンを曲げる奇異な才能の持ち主であることを想起したためらしい。

 だが、なぜスプーン曲げの能力が、それほどまでの説得力を持ったのだろう...。”ともだち”が超能力者だとは、このころカンナは考えていなかったと思うのだが、異常人であることに相違ない。そこが接点になったのかろうか? それに、カンナが「連れ戻される」とはどういうことなのか、フクベエの意図は、ついに最後まで分からず仕舞いになったと思う。


 ともあれ、その瞬間にカンナの「覚醒」が始まった。校長の車のハンドル付近が突如爆発して、車がガードレールにぶつかって止まった。校長は気絶したらしい。カンナの超常能力は、スプーン相手では役不足になってしまったのだ。

 とうとうカンナは父親の正体を知った。しかし、まだまだこの先には、母親の所業も発覚するときがくる。第10巻は、カンナの悲劇の始まりで終わる。


 ちなみに、「20世紀少年」は、その10年ほど前に描かれた大友克洋の金字塔的名作「AKIRA」との類似点が少なくない。近未来の世界の破滅、クスリ、霊能者や超能力者、戦う少年少女たち、新興宗教、最新鋭の科学技術、そして、鉄雄とアキラとカンナの覚醒。

 「20世紀少年」において、金田正太郎は指導教官に恵まれず、”ともだち”の命令を拒絶した挙句、全身から血が吹き出す病気をもたらす細菌に感染されられて、あたら若い命を失った。他方、「AKIRA」の金田正太郎は、自称「健康優良不良少年」として全編にわたり大活躍を見せる。それがまた恰好良かっただけに、なおさら「AKIRA」の終幕は切ない。


(この稿おわり)


金田。