おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

この道はいつか来た道 (20世紀少年 第842回)

 敵兵に勇ましいセリフを吐いて一人ICUに入ったカンナだが顔つきは冴えない。上巻の191ページ目、サダキヨは口に人工呼吸器を入れられている。機械なしでは生きていけない重篤な状態である。人工呼吸器の管が途中から二又に分かれているのは、呼気と吸気を別々の管に通すからだそうです。

 ピッピッというモニターの音らしきものも聞こえている。枕元のモニターは心拍や体温や血圧を測っているのだろう。カンナは佐田先生と呼びかけてから、水くさいとでも思ったのかサダキヨと呼び換えている。相手はもちろん返事ができない。


 そんなんじゃ何をきいてもしゃべれないよねと物言わぬ患者に語り掛けた後、カンナは続けて「いいよ...もう無理しなくて...」と穏やかに言っている。彼が最前、無理をしたのは確かだが、現状これでは無理のしようがないのではなかろうか。おそらく、カンナは「自白剤なんか使わせないから安心して」というようなことを言いたかったのだろう。

 ところで人は自白剤なるものを使わなくても、全身麻酔をかけると無意識にとんでもないことを、うわ言で白状してしまうことがあると病院勤務の経験がある人から聞いたことがある。医師や看護婦には法律で厳しい守秘義務が課されているため、どんなに衝撃の事実であろうと喋ってはダメなのだ。勝手に察するところ、腹ふくるる思いであろう。


 しかし、サダキヨを見下ろしながら、この二律背反の事態をカンナはどう切り抜けようというのか。この後の出来事について、最初のうち私は彼女がヴァーチャル・アトラクション(VA)に独力で侵入したのだと思った。理由はいくつかある。

 (1)192ページ最後の「ゴン」という効果音は如何にもVA的ではないか。(2)カンナは後ほどVA内の思念万丈目と仮想ケンヂ少年との間で、双方向の直接通信に成功している。(3)これから始まる出来事がシュールである。


 しかし下巻を改めて読んでみたら、カンナは心で聞いてサダキヨが話してくれたと報告している。まさか心で聞いていたらVAに入ってしまったというようなミスを万能エスパーのカンナがしでかすこともないだろう。サダキヨの脳に直接コンタクトして会話したのだ。

 不思議なことにサダキヨは少年として登場する。しかし、これは単なる記憶ではあるまい。カンナに話しかけているのだ。もしも過去に実際に起きた出来事だとしたら、早速サダキヨは誰かにリモコンの隠し場所をさっそく伝えたことになるけれども、その直前に再び「僕、転校するんだ」と言っている。

 転校のことはケンヂもフクベエも知らなかったのだから、なぜかサダキヨとカツマタ君だけの秘密だった。同じお面の誼か。この二人の人間関係はよくわからない。


 カンナは最初に「ここは...?」と言っている。「ここ」はジジババの店からまっすぐ前に伸びる小道で、正方形の石畳の上ではコイズミが初めてVAにはいったとき、ヨシツネとケンヂとマルオとオッチョがアイスを食べていた。下巻でも90ページ目でユキジの背中越しに見えるお馴染みの路地だ。

 カンナの視線の先にあるアイスの冷凍庫の前でうずくまっているのはカツマタ君だ。しかし、ここに至る事情を知らないカンナはナショナルキッドのお面の話ならケンヂ他から聞いていたのか、「サダキヨ?」と推測している。ところが、その時点でカンナの視線が急に180度、向きを変えており小道の反対側が目に写った。


 辻の塀に半身を隠したもう一人のナショナルキッドが「僕、転校するんだ」と言う。いきなり僕がサダキヨだと自己紹介すると驚かれるとでも思ったのかな。カンナは転校の件も知っていたようで、あなたがサダキヨ?と思い直している。

 「あの子にこれ、もらったんだ」とサダキヨらしき子は、カンナに向かって手を差し伸べた。「あの子」に該当する子は一人しか見えない。今やサダキヨの病状は長い説明を許さないのだろうか。


 少年の右手には四つ折りにされた紙が握られている。広げたらB3サイズだろうか。当時そんな大きな紙は小学生の手に入り難い。そもそもコピー用紙が無い。月捲りのカレンダーかな。新聞のチラシやカレンダーの裏は白紙であることが多かったので、よくそれを使ってお絵かきをしたものです。

 サダキヨはカンナに紙を開けて見せたのか、口頭で伝えたのか知らないが、このシーンでは書いてないけれども隠し場所を教えた。少年は「これ、かくすんだ」と行って走り去ってしまう。現実のサダキヨ少年がこの紙をどこに隠したのか、ついに分からない。彼が目指した方角となると公園に向かう道であり、原っぱは反対側である。


 カンナは再びゴンという衝撃を受けて、現実の病室に意識が戻った。呼びかけてもサダキヨの様子は変わらない。ドンキーの最後のメッセージはケンヂを走らせ、サダキヨの最後のメッセージはカンナを走らせた。ICUを出た彼女は外で待つ人々に向かって、ケンヂおじちゃんは今どこかと尋ねた。

 土地鑑のある人の助けが要る。カンナがそう考えて質問したのであれば、この時点で彼女は実際に隠し場所があったところは少年の行動範囲であり、自分が生まれてすぐ転居し3歳まで育った商店街の近くにあるかもしれないと考えたのだろう。時を経て街は変わっている。後にカンナが語るようにケンヂなら消息を知っている可能性がある。


 例の参謀風の軍人がケンヂは今、国連軍と連携してVA内で捜査に当たっていると答えた。カンナは動じるどころかケンヂの居所が分かり気合が入ったようで、隠し場所が分かったと言って蝶野隊長を驚かせている。

 サダキヨ情報によると反陽子ばくだんのリモコンの隠し場所は原っぱの秘密基地だったのだ。歩き出すカンナの背後には久々にゴオオオオという効果音が鳴り響いて上巻が終わる。ちなみに、上巻はブウウウウという観客のブーイングで始まっている。どこまでもお騒がせの叔父と姪であった。



(この稿おわり)





カンナは俺達の最後の希望だ。








 愛よりも もっと深く愛していたよ おまえを
 憎しみも かなわぬほどに憎んでいたよ おまえを  


                   「半神」  萩尾望都


































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