おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

俺達の最後の希望     (20世紀少年 第198回)

 第5巻の96ページ目で、3番さんにシャバの様子を尋ねられた角田氏は、3か月も拘置所に入れられていたので最近のことは、と返事をするのだが、俺はここで14年だと言い返されて納得、拘置所時代に届いていた友人からの手紙の内容を語り始める。

 拘置所とは、被疑者となって警察の留置場で取り調べを受けてから、有罪となって刑務所に移されるまで、あるいは無罪放免になるまで、閉じ込められている施設である。血の大みそか以降、移転していなければ、東京都なら葛飾区の小菅にある。小菅に移る前は巣鴨、例のスガモプリズン、後に池袋サンシャインが建つ場所にあった。


 角田氏によれば、彼は他の漫画家たちとアパートに一緒に住んでいたのだが、仲間はみんな逮捕されて今は氏木氏と金子氏という二人組しか残っていないという。角田氏も常盤荘の住人だったのだな。その氏木氏、金子氏から、拘置所時代には能天気な手紙が月一回、届いていたと言う。

 これに対して3番さんは、「ここにはもう手紙は来ない」と言っているから、後に出てくるカンナが彼に宛てた数百通もの手紙は、やはり残念ながらオッチョおじさんには読んでもらえなかったのだ。


 手紙の内容は、隣に越してきた女子高生に金子氏が一目ぼれしたとか(あの恰好を見ればねえ)、その娘が時代遅れのラジカセでかける彼女のおじさんの音楽が大音量でうるさいとか、ここまでは平凡な話だったが、「その娘のおばさんがやたらカッコよくて、ユキジとかいうその人の名を次回作のヒロインにつけるんだとか」には、3番さんの背筋が伸びた。

 その後、ユキジがラブコメのヒロインになったかどうかは、ここでは問題にしない。続いて角田氏によれば、「その娘をさがして、警察の捜査が入った」と聞き、3番さんは二つのトンネルを指さしながら、「ユキジトンネル」、「カンナトンネル」とそれぞれの名を示した。はたして角田氏が覚えていた娘の名もカンナであった。


 どうしてその名をと訊かれた3番さんは、「俺達の、最後の希望の名前だ」と応える。この「俺達の」が嬉しい。「俺の」ではないのだ。彼は後にケンヂの「弔い合戦」をやると漫画家に語っているので、ケンヂの死を疑っていないし、ユキジ以外の20世紀少年たちの消息も知らない。だが、希望を分かち合うにあたり、相棒が生者である必要は全くない。

 続けて3番さんが「何かが起きている...時間が無い...」と語るが、もちろん角田氏には訳が分からない。そこで「3番さん、一体何を...」と問いかけようとするのだが、先ほど「いい背番号だろ」と自慢げだった本人が「俺を番号で呼ぶな」ときた。


 「俺を呼ぶ時は...」と振り向く男、初めて3番さんの顔が暗闇に浮かぶ。髪もヒゲも伸び放題、ただし、額は後退し、あの可愛かった眉毛も、もはやない。14年の独房生活は、彼の人相に更なる厳しさを刻んだ。

 そして「ショーグンと呼べ」とオッチョは言った。かつてバンコクで、彼はそう呼ばれていたのだが、そのころ自分でそう名乗り出したかどうかは分からない。だが、ここで彼は自ら、そう名乗った。俺達の最後の希望が危機に瀕している。彼はハード・ボイルドに戻ったのだ。


(この稿おわり)


熱海ではメジナが釣れました、隣で釣っていたおじさんによれば、塩で煮つけると美味しいそうです。
(2011年11月25日撮影)