おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

復活の日 (20世紀少年 第471回)

 星新一小松左京筒井康隆が活躍し始めたころの日本のSFは、なかなか文学として認知されず、キワ物扱いされていたらしい。筒井氏の表現を借りれば、「士農工商SF作家」という社会的身分に甘んじていたとのことである。

 小松左京の代表作といえば、「日本沈没」を誰もが挙げるだろうが、それよりも前に発表された「復活の日」も捨てがたい。後に映画化されたとき、「なぜ、オリビア・ハッセーがここに?」と、なぜか思ったのを覚えている。「復活の日」には、「12モンキーズ」同様、ウィルス兵器が出てくる。ラットの実験では98%が死んだ。


 さて。第15集の194ページ。法王のスピーチが始まって、オッチョは2階席のヨシツネに無線連絡をとった。13番は警備の警官に変装して紛れ込んでいるかもしれないと考えたからだが、ヨシツネもさるもの、すでに一人一人チェックしており、13番は見つかっていない。

 2階席を見上げるオッチョの目に、いやおうなく飛び込んできたのはニセモノの太陽の塔の姿であった。この瞬間、オッチョは13番の狙撃ポイントを直観的に見抜いたのであろう。

 どうやら遊撃隊として別働していたらしい蝶野刑事に、「今どこにいる、蝶野」と声をかけた。蝶野刑事から、今ルチアーノ神父と合流したところだという返信。「ちょうどいい。神父と刑事なら入り込めるだろう」とオッチョは言った。なぜかな? まあいい。オッチョは目立つもんね。


 塔の内部に入れとオッチョは命じている。刑事から、「あそこは入れないことになっています」と返事が来た。なんでも、”ともだち”が鍵を持っていたらしいのだ。「だからこそ入るんだ」とオッチョも無理を言う。信念で道を切り拓いてきた男だからな。言葉が通じないルチアーノ神父に、蝶野刑事は遅れを取った。そして、入口は開いていた。

 万丈目は高須に「13番の暴走を止めろ」と言っていたが、”ともだち”が持っていたはずの鍵を13番が持っていたということは、この二人が直接、連絡し合っていたことを意味するのだろう。これから始まる猿芝居は、二人の連係プレイだったのだ。


 蝶野刑事は「なんだ、これは」と声を挙げた。この時、彼が見たものは、後に刑事がケンヂに話すことになる。ここでは先に進む。次に刑事は人影を見て、誰だと叫んだ。オッチョとカンナが無線から伝わってくる緊迫感に圧されて塔を見上げた時、塔の左肩に13番が躍り出た。かつてフクベエが立ったのと反対側だ。

 オッチョは撃てと叫び続ける。だが、客席内のカンナは隣にいるユキジの異様な気配に気付いて振り向いた。ユキジは無線連絡から離れていたので、ずっと法王の姿を見つめていたのだろう。だから、カンナよりも先に気付いた。”ともだち”が立ち上がったことに。「生き返った」という観客の呟き。「こういうことだったの」という、この物語お馴染みのユキジの言葉。

 
 ユキジが「こういうことだった」と解釈した内容は何だったのだろう。またも死んだふりだったということだろうか? ユキジはカンナを置き去りにして走り出すのだが、何をしようとしたのだろうか。彼女の視線の先には、おそらく「これは、奇跡なのか」と呟きながら、茫然と”ともだち”を見つめている法王の姿があったに違いない。

 たぶんユキジは身を挺して、法王を救おうとしたのだろう。しかし、まさか、それと同じことを”ともだち”がしでかすとは想像もできなかったはずである。蝶野刑事もユキジも間に合わなかった。刑事はルチアーノ神父に拳銃を奪われている。懲戒ものだな。カンナの記憶では、銃声は三発か四発か、よく覚えていないという。絵によれば3発である。


 オートマチックの連射ではあるまい。おそらく最初の2発は、わざと外したはずだ。そのあと少し時間を置かなければ、観客に法王が狙われているという事態が伝わらないし、”ともだち”が駆け寄って法王をかばう演技もできない。3発目で13番は”ともだち”の左肩あたりを撃った。急所は外してある。

 左を撃ったのには意味がある。少し後の場面で、傷ついた”ともだち”は会場の中央にひざまずき、右腕で支えて左手で天を指さすパフォーマンスを見せている。これは左手でなければならない。オッチョ少年が少年サンデーから拝借したのは左手首なのだから。

 
 「なんてことを」とユキジは言った。折り重なって倒れた法王と”ともだち”を見て、それまで「生き返った」の大合唱が始まっていた会場は静まり返ったとカンナは回想する。彼女の無線機にオッチョおじさんの声が伝わってきた。「奴は永遠の命を与えられたどころか、本当の神になった」。法王ご公認、奇跡の復活の日。自作自演の現人神になった。



(この稿おわり)





夕暮れの後楽園にて(2012年9月4日撮影)



























































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