おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

友民党の罠か     (20世紀少年 第164回)

 とりあえず今の段階では、”ともだち”の最終目的は「しんよげんの書」にあるとおり、世界征服と人類滅亡および火星移住であるとしておこう。そして、その前に万博も成功させるのが、「フクベエのこだわり」と考えて良い。これだけ実現するためには、それなりのお金と権力が必要である。

 したがって、血の大みそかにおいて”ともだち”が企んだのは、実質的に日本の国家権力を乗っ取ることであったと考えよう。そのためには「ケンヂ一派」を悪党に仕立て上げ、彼らが起した世界同時多発テロを封じ込んだという実績を残し、「ワクチンを配布した」ことにより世界中の恩人となって、他国と争うこともなく、形の上では民主的に選挙に勝って与党であり続ければよい。すでに自衛隊も警察も仲間みたいだし。


 このためには、ある程度までは大みそかの夜、ケンヂ一派に暴れてもらい、証拠品やら証人やらを残しておくのが好都合であろう。そして万一、フクベエ以外の6人の誰かが生き残った場合に備え、フクベエが死んだことにして、”ともだち”が誰か分からないままにしておいたほうが無難である。

 したがって、いきなり巨大ロボットに体当たり自爆などされないように、うまく誘導する必要がある。友民党の本部に辿り着いたオッチョとモンちゃんとユキジが、何の抵抗もなく正面から本部ビルの内部に入れたのは、要するに、おびき寄せられたに違いない。彼らに与えられた役割は、ケンヂを現場に誘い出す連絡役であった。


 友民党本部に乗り込む前に、オッチョは「ユキジは帰れ」と言う。彼はこれを伝えるために、先に一人で突入せず待っていたのだろう。「おまえはカンナを守れ。俺たちに何かあっても次の世代へつなげ。おまえとカンナは、最後の希望だ」とオッチョは語る。

 村上龍氏は「すべての男は消耗品である」という本を書いた。全くそのとおり。戦争も過酷な労働も男の義務であり、また存在意義でもある。女さえ大勢、生き残れば、わずかな数の男でも子孫をたくさん残せる。その逆では、はるかに難しい。十月十日もかかるのだから、繁殖には女の人数と年月を必要とする。ハーレムの原理だ。


 しかし、カンナの守り役の話は、叔父のケンヂが頼んだときも、けんもほろろに拒絶したユキジである。戦場でこんなこと言われて引き下がるようでは、史上最強の少女の名がすたるか。オッチョも、はなから説得する気はないらしい。これはユキジに対する命令や要請ではなくて、メッセージなのだろう。

 はたして、ユキジは「何が最後の希望よ」と叫び返し、あたしたちは負けない、負ける気がしないと高らかに宣言して、さっさと先陣を切る。彼女の脳裏には、第2巻の42ページで白馬に乗った王子にかけてもらった言葉が響いていたに違いない。「泣くなユキジ。俺たちの仲間に入って、悪と戦おうぜ」。


 2014年、新宿歌舞伎町の教会で、身を呈してカンナを救おうとしたオッチョは、「カンナは俺たちの最後の希望だ」と語った。そのときも目の前にいたユキジの名が省かれているが、まあいい。ユキジだた一人で、それまでカンナを守り続けてきたのだ。これからは、みんなで守るという彼なりの宣言なのだろう。

 3人は友民党本部に押し入るが、誰もどこにもいない。最上階までたどり着いて、そこでオッチョたちは「信じられないものを見た」。ことここに至って、閉じられたドアの向こうから、笑い声が聞こえてくる。


(この稿おわり)


ススキの原っぱ。(2011年10月5日撮影)