おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

地球の平和を守るために   (20世紀少年 第304回)

 第11巻の74ページは、サダキヨが白状した内容を、モンちゃんが書き終えるところから始まっている。モンちゃんは「ありがとう、全部しゃべってくれて感謝するよ。この証言が全ての突破口になる」と言っているから、ともだちの正体を含む重要な情報の数々をついに手に入れたのだ。

 何枚にもわたるメモをトントンと整理して、モンちゃんは「君の勇気が、全人類を救うことになる」と力強くサダキヨの栄誉を称えるのだが、サダキヨは左下を向いているばかりで反応がない。まさか半分飲みさしたビールのジョッキが気になっているのではないだろう。これからやらないといけないことが頭から離れないのだ。


 モンちゃんの決め台詞といえば、むしろ「全人類を救う」よりも、「地球の平和を守るために」である。彼はこれを第9巻の病院のベッドに横たわりながら、「最期のときまで戦わなくちゃ。ケンヂがオッチョが、マルオやヨシツネやフクベエが、そうしたように」と前置きして、ユキジ相手にこの表現を使っている。モンちゃんは、かつて好きだった女に誓ったとおり行動したのだ。

 その前に、第7巻でも、血の大みそか友民党本部で、「必死に地球の平和を守ろうとしている、あの男を笑うな」と叫んでいるのだが、この言葉はモンちゃんの独創ではない。出所は、「あの男」すなわちケンヂの宣戦布告で、第5巻に出てくる。110ページ目、巨大ロボットの攻撃が始まり、ケンヂはカンナに再会を約して涙の別れを告げている。

 
 こういう緊迫した場面で、例の「俺達の仲間の印」の由来を尋ねるヨシツネもヨシツネだが、わざわざコンビニから少年サンデーを持ってきて(代金を払った形跡はない)、説明を始めるオッチョもオッチョだな。サンデーは年末年始なので、「4・5 合併号」になっており、表紙にコナン君が描かれている。オッチョが開いたページは、たぶん高橋留美子の「犬夜叉」だろう。

 オッチョの解説を聞いて皆、呆気にとられているのだが、特にフクベエの驚き振りが甚だしい。そのあとケンヂが噴き出して、他のみんなも苦笑しているのだが、フクベエの笑顔はない。笑いごとではなかっただろうよ。かつて万丈目が市原弁護士に団体名を尋ねられて、「これが名前です」とまで言い放ったご自慢の「ともだちマーク」の出典が、少年サンデーの欄外と目玉のオッチョだったとはな。


 出陣の儀式はこれで終わった。「さてと...行くか」とケンヂは区切りをつけて、7人は歩き出す。そして、炎と燃える東京の夜空を見上げながら、ケンヂが口にした言葉が「地球の平和を守るために」だった。そして、ケンヂのこの宣言も、この場の勢いで出て来た台詞ではなく、少年時代に考え出したものだ。

 同じく第5巻の64ページ目に出て来る「よげんの書」の現存する最後のページにこう書いてある。「地球の平和を守るため、かれらはどうたたかうのでしょうか!!」。オッチョも、「地球の平和を守るため」を覚えており、海ほたる刑務所からの脱走の際に、漫画家角田氏に語っている。


 ところで、私は地球の平和を守るために戦う男を、他にも一人知っている。バビル2世。先日、私は松下幸之助の言葉を引用しつつ、世襲議員に関する皮肉を述べたのだが、バビルの二世は立派な人で、地球の平和を守るため、三つのしもべに命令する超能力少年である。私がコンピューターという言葉を知ったのは、このアニメの主題歌が初めてだったかもしれない。

 しもべの一つ、ギリシャ神話の海の神様と同名のポセイドンは、海底を歩いて回るという不思議な性向の巨大ロボットで、横山光輝作品では鉄人28号と双璧をなす大型の登場人物である。それよりも私が好きだったのは、怪鳥ロプロスと忠犬ロデムであった。漫画で読んだロプロスの壮絶な最期は今でもよく覚えている。敵の核兵器を抱えて飛び去り、太洋上の空中で自爆した。

 もしもロプロスが口をきけたら、「じゃあな。ちょっと、行ってくらあ」とでも言ったに違いない。ロデムは変幻自在にして不死身であるうえに、日本語を話すことができ、いつもバビル2世少年を「ご主人様」と丁寧に呼んでいたものである。ご主人様は通常、しもべを働かせてばかりなのだが、いざというときにはカンナ同様、サイコキネシスやテレパシーを使って戦う。


 話を魚心亭に戻そう。メモを書き上げたばかりのモンちゃんが、ジャケットの袖に腕を通し始めたのを見て、サダキヨは「もう行っちゃうのかい?」と驚いている。これを、「殺し損ねたら困る」と取っては、読み方としてはつまらないと思う。サダキヨは、おそらく人生初めて、じっくりと自分の話を聴いてくれた同級生と、こんなにあっさり別れたくないと感じたのだろう。

 モンちゃんに「悪いな。時間がないんだ。」と言われて、サダキヨも黙ってしまう。これを見て、モンちゃんは少し申し訳なく思ったのだろう。勇を鼓して全てを語ってくれた相手を、用が済んだからといって、さっさと置き去りにして去るのは忍びなかったに違いない。気持ちを切り替えて、「夕涼みがてら、ちょっと歩くか」と誘ってみた。そして、これが彼の命取りになった。


(この稿おわり)



ローズマリーも花盛り(2012年3月21日撮影)