おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

モンちゃんは語る     (20世紀少年 第163回)

 戦友に置き去りにされたモンちゃんとユキジは自動車に乗り、「友民党本部に乗りこむ」と言い残して去ったオッチョを追い掛けることになった。さすがの温厚なスポーツマンのモンちゃんも、「まったくガキの頃のまんまだ」と怒っておられる。

 いわく「ケンヂはいつだって何も考えないで動き出す」、「オッチョはオッチョで何でも一人でできると思っていやがる」。異議なし。ユキジも異議がないようで、「あたし達はいつもあの二人のあとを追いまわす破目になるのよ」と一緒になって怒っておられる。


 歳とっても相変わらずだと笑い合ったあとで、モンちゃんはユキジに、「知っているかユキジ。俺らみんな、おまえのことが好きだった」と唐突に言い出した。ユキジはとても嬉しそうで、頬を赤らめたり、「言ってくれれば良かったのに」とほほ笑んだりしている。

 モンちゃんによれば、言いだせなかった理由は二つ。一つは、「だっておまえは、ケンヂのこと好きだったろ」。ユキジは沈黙をもって返答。もう一つは、「第一、そんなこと言ったら、二度とあそこには行けないような気がした。あの秘密基地には...」。

 
 彼らにとっても私にとっても、小学生の時代は遠い過去のことである。何が起きたかも忘れがちなのに、まして、どんな気持ちでいたかなど、ほとんど全く覚えていない。ただし、好きだった子というのは不思議と全部、覚えている。そして活発で一緒に遊んでくれる女子は常に人気があった。それから、好きな子が誰を好きかも、少年は良く知っているものだ。

 だから、モンちゃんの一つ目の理由までのセリフは、しっくり来る。微妙なのは、次の「秘密基地に行けないような気がした」という二つ目の理由である。言われてみれば、私ごときも、そのような繊細さを、夏の少年のころは持ち合わせていたのかもしれない。

 
 ユキジは鋭い。いくら何でも、珍しく二人きりになり、しかも人生最後の日かもしれないとはいえ、モンちゃんがこんな話題をいきなり出してきたわけを訝しみ、ドイツから戻ってきた理由を「くされ縁」を言うモンちゃんに、「それだけ?」と重ねて問うている。

 モンちゃんの返答は深刻な内容だった。ドイツで健康診断に引っ掛かり、精密検査も受けた結果、「俺、やばいらしい」ということになってしまったらしい。「体がこう頑丈だと、病気のほうも威勢がいいらしい」と聞かされて、ユキジの表情は悲痛である。モンちゃんの病名は不明だが、一般に若い人のがんは、進行も転移も早いと聞く。

 モンちゃんは、この2年後の早すぎる死の直前まで、かつて好きだった女のお見舞いを受けながら最期のときを過ごしたのだから、このとき車内でいかにもこの男らしく率直に語った甲斐があったというものだ。しかし当面はそれどころではない。彼の運転する車は、友民党本部の前に着いた。オッチョが、二人が来るのを知っていたかのように待っていた。


(この稿おわり)



三陸海岸の落陽。(2011年10月5日撮影)