おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

その前に、やらなきゃいけないことがある (20世紀少年 第122回)

 第4巻の85ページ目に、まだネクタイ姿のオッチョが、師の指導を受けているシーンがある。師は「目をあけて、恐怖の正体を見極めよ」という教えの言葉(だと思うが)を垂れてから、弟子の背中をうわっと押して滝壺に落してしまう。これから行く先々で、オッチョはこの言葉を反芻しながら敵に背を向けることなく戦い続ける。

 「日本に戻る」と言われて驚いているイソノさんに、「その前に、やらなきゃいけないことがある」と言い残した彼は、まず、軽トラに乗って、メイの亡きがらを故郷のチャイトー村に送り届けた。血まみれだったお顔は整えてあるが、着替えまでは間に合わなかった。


 メイをチャイポンに預けたことを泣いて悔やむメイの父親に、オッチョは「七色キッド」の製造工場の場所を訊く。ミャンマー国境らしい。メイの父は関わるなと言うが、ここでも彼は日本に帰る前に、「やらなきゃならないことがある」と語っている。彼が自らに課した宿題は、メイの弔いだけではなかったのだ。

 私は最初の読書のときに、てっきりショーグンはチャイポンのアジトに殴り込みをかけるのだと思っていた。ところが、彼が選んだのは、七色キッドの撲滅作戦であった。思えば、メイを直接殺害したのはチャイポン一家ではなく(時間の問題だったかもしれないが)、彼の仇は万丈目すなわち”ともだち”一味である。


 しかも、日本に帰ったら戦うべき相手も同様に、メイの仇討ち云々を超えて、ともだちであることが判明したのだ。そうであれば今さらチャイポンの手下を殴り倒しても仕方がない。ともだちの資金源となっているであろう麻薬工場を破壊するという目標は、戦略的に実に正しい。

 そして、この男は例によって「いつも自分で何でもできると思っているんだ」と、この年の大みそかにモンちゃんやユキジに文句を言われているとおり、またしても一人で敵地に乗りこんでいく。ミャンマーとタイの国境に辿り着いた。黄金の三角地帯のご近所であろうか。


 怪しげな情報屋らしき男に金を握らせて、オッチョはガンガウ・パゴダという地名を訊き出した。パゴダとは英語で、仏塔のことを指す。サンスクリットストゥーパ、漢語で卒塔婆、日本語ではあっさり「塔」になった。ともあれ、そのお寺には日本人がいるのだという。チャイポンの工場とは別のものらしい。

 目的地は密林の中にあるそうだ。オッチョはここで、トラックを捨てなければならなかった。タイでは、今でも象が交通機関として活躍している。私もバンコクで駐車スペースにゾウさんが停車しているのを見たことがある。チェンマイプノンペンで観光用のゾウに乗ったが、極めて乗り心地が悪い。しかしオッチョに他の選択肢はなかった。


(この稿おわり)



秋の空は、こう来なくっちゃ。(撮影2011年9月3日)