おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

メイの再救出     (20世紀少年 第110回)

 何とか警察官の亡きがらを処理したショーグンは、チャイポンの手下がうろつく自宅から抜け出して、夜の女の家に転がり込んだ風情です。そこからイソノさんに架けている電話の様子では、ともだちマークに出くわした彼は、警察官の体を調べたらしい。はたして拷問の跡らしきものが見つかり、殺されたとの結論に至るも、背景や経緯は分からない。

 そのとき、ある女から、かつて彼が救出し、麻薬を焼いて命を狙われる事態を招いた女であるメイが、チャイポンの事務所に引きずり込まれたという看過できない噂を聞いた。早速、棒をかついでショーグンは単騎、その事務所に殴り込みをかける。この救出劇の狼藉沙汰については、いちいち文章にするまい。漫画、読んでください。


 35ページ目には、のちにカンナの相棒になるチャイポンが初登場する。彼がなぜショバをバンコクから歌舞伎町に移したのか、よく分からないが、ともあれこの2000年夏の時点では、バンコクで薬と女を扱い、ムエタイ八百長を取り仕切り、裏切り者は平気で殺すという、伝統的なマフィアの親分として君臨なさっている。

 私がカンボジアに駐在したのは1996年10月から2000年2月までで、その間、仕事や旅行でバンコクには何十回も飛んでいるから、どこかでチャイポンやショーグンのような連中と摺れ違っているに違いない。念のため、あまりに物騒なところには近づいていないです。


 縛り付けられていたメイは、黒髪の薄幸そうな女で、この時点では殆ど人生を投げている。もう駄目と言う度に、ショーグンに「故郷の子供に会いたくないのか」と叱られている。彼はこう諭している。「俺は子供の死に目に会えなかった。俺はろくでもない父親だった。」、「それでも子供のところに行ってやらなけりゃいけなかった」。

 成井豊「君の心臓の鼓動が聞こえる場所」の主人公も、離婚して子供を手放した中年男で、一人娘が大変なことになるのだが、最後は何とかなった。でも、ショーグンは悲しみと悔いを抱えたまま生きていかなければならなくなった。

 ドンキーの理不尽な死はケンヂを立ち上がらせたが、ケンヂの怒りは敵に向かって外向した。しかし、オッチョの怒りは自らを苛み続ける。これはつらい。それがために、彼は命を賭してでも、身の回りの女を助けにきたのだ。ヤクザに拳銃を向けられても、俺を狙っている間に逃げろとメイに言う。オッチョとカンナには弾丸が当たらないのだ。


 身近な者から救う正義の味方とケンヂを評したが、それはオッチョも変わりがない。これから、至ることろで彼は死地と潜り抜けなければならないが、決して弱い者を見捨てて立ち去ることはないだろう。

 3月11日の震災のあとで、私は中学時代に愛読した「日本沈没」を再読した。初版の本は紛失してしまい、手元に残っているのは学生時代に買い直した文春文庫2冊である。この文庫本の解説を、信じがたいことに山崎正和が書いている。結語に近い箇所を引用します。


 日本沈没」の主役たちが、それぞれどこか幕末の志士を思わさせるのは面白い。小野寺、中田、幸長、それに田所博士といった人物は、すべて冷静な現実主義者であり、そのくせかすかに狂的なところを秘めて、しかも身辺の他人に対して克己的な庇護者として行動する。


 最後の部分は、そのままケンヂやオッチョにも当てはまる評価であろう。


(この稿おわり)


著者近影 (2011年8月18日撮影)