おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

愛と平和     (20世紀少年 第119回)

 「オッチョか?」と訊かれたオッチョは、誰だと訊き返す。電話の主は、「俺だ、ケンヂだ」と応えた。漫画はここで章を改め、第4巻の第4話「愛と平和」が始まって、時代は久しぶりに1969年の夏に戻る。

 69年の夏はウッド・ストック・フェスティバルが開催され、それに先立ちジョン・レノンの「平和を我らに」が発売された季節。ちょうどそのころ、20世紀少年の秘密基地は、ヤン坊マー坊に破壊されるという災厄に見舞われた。


 その残骸を見下ろして、ケンヂが怒っている。ヨシツネとマルオが泣いている。ケンヂは一人、史上最悪の双子に決戦を挑むのだが、そのシーンの前段と、そのシーンの続きは、それぞれ遥か後ろの巻に、細切れで出て来る。伏線というよりも、タペストリーのように撚り合わさって。

 彼らはこの夏の日、双子相手に戦いながら負けながら、あの旗の下で一つになり、21世紀に入ってから、再び旗を取り戻すべく、一人一人、戦線に登場してくる。その度に、この日の彼らの行動が描かれているのだが、取りあえず先走らずに、このあたりはオッチョの物語なので、彼の言動に絞ろう。


 基地陥落の日、オッチョ少年は、音楽の師である中村の兄ちゃんの部屋にいた。中村の兄ちゃんは、アコースティック・ギターをかき鳴らしながら、「僕のハートに火を点けてください」などと歌っており、すでに触れたが、ジミ・ヘンドリクスの真似をして、歯でギターを弾いては小学生相手に威張っている。

 オッチョはまだこのころ若干の純真さを残しつつ、「ナウい感じがイカすよ」などと背伸びもしているが、彼に「ドアーズに似ている」と誉められて中村の兄ちゃんが焦りを見せているのは、彼の背中越しに見えるジム・モリスンの顔写真をあしらったアルバム・ジャケットが、ドアーズのデビュー・アルバムであり、その名も「ハートに火をつけて」だったからだ。

 あられもない剽窃であるが、まあいい。このアルバムに収録された「ジ・エンド」という歌は、「地獄の黙示録」に使われた。映画を観た私は早速、レンタルで借りてきたのだが、ドアーズの音は重くて暗くて閉口したな。「People are strange when you are stranger」という歌詞の一節を今も覚えている。


 オッチョに、「ヒマそう」とか「ノンポリ」とか評された兄ちゃんは、失地挽回すべく、「ゲバ棒(なつかしい...)を振り回すなどナンセンス(これも、なつかしい)」であり、「時代はラブ&ピースなんだよ」と天井向けて煙草をふかす。愛と平和は、ウッドストックの代名詞、この時代の(ベトナム戦争に徴兵されるおそれのある)若者のスローガンであった。

 そんなところに、マルオとヨシツネが助けを求めに来る。単騎で双子との決闘に挑んだケンヂに加勢してほしいという、他人任せの仕事の依頼であった。オッチョは2階から級友を見降ろしながら、「時代はラブ&ピースだぞ」と言って断ってしまう。「戦いの時代は終わったんだよ」と。

 
 法師蝉の鳴く晩夏の大草原では、悪の権化の双子相手に、丸腰のケンヂが戦いを挑む。するとそのとき「待て」の声、振りさけみれば、竹竿を振り回しつつ草を薙ぎながら、オッチョがやってくる。当時から、棒術を得意をしていたらしい。「ラブ&ピースは一時中止だ」という宣戦布告は勇ましくもあるが、勝敗の帰趨には影響がなかった。

 少年時代の思い出話がここに出て来るのは、ショーグンがバンコクでの日々に終止符を打ち、日本に帰る決心をする次の場面に繋がるからだが、先を急がず、次回はまた脱線する予定。


(この稿おわり)