おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

メイの死     (20世紀少年 第118回)

 メイはなぜ殺されなければならなかったのか。そもそも、なぜ私がこんなにメイについて延々と書いているのか、自分でもよく分からないままなのだが、一つには、この場面を最後に、彼女は物語からすっかり姿を消してしまうので、今ここで見取ってやりたいような気分ではある。

 第3巻に戻って、118ページで女二人にはさまれたショーグンが麺をいただいているシーン。女の一人が、「ゴーゴーバーのメイとかいう子に、すいぶん良くしてたみたいじゃない」と嫉妬交じりの言葉をショーグンに浴びせている。

 その会話によるとショーグンは、メイが村においてきた子供が重病と聞き、足を洗わせて故郷に帰させたらしい。どうやら彼の稼業としてではなく、ボランティアだったようだ。だからこそ、他の女の気に触るのだろう。


 その女によると、このため店のオーナーが怒り、見つけ次第、殺すと言っている由。ところが、彼が実際に殺されかけたあとで、フジヤマトラベルのイソノさんが言うには、女のことではないという。どうやら彼女を逃がした際に、ショーグンが焼き捨てた白い粉が原因らしい。

 これについては、以前すでに触れた。チャイポンが密売を始めた麻薬で、「七色キッド」という日本向けの輸出品である。そんな大事な商品を、なぜメイに渡したのかは不明だが、私の生半可な知識で推測する限り、客の下に自分の体とともに薬を運ぶ役をやらされたのだろう。ショーグンはその現場から、彼女を連れ出したということなら話が合う。


 故郷に戻るメイを見送ったショーグンは、フジヤマトラベルに戻る。イソノさんは早速、別の仕事を与えようとするのだが、徹夜明けのショーグンはソファに倒れこんで寝入った、と思いきや、旅行代理店の入口の窓ガラスに大きな音をたてて、血まみれのメイが倒れこんでくる。腹部を刺されて重傷であった。

 虫の息の彼女がショーグンに語るには、チャイポンから薬を預かって部屋を出た際、メイはあの「日本の国会議員」(二人にとって、日本の国会議員とは、万丈目しかいない)を見た。運悪く相手も彼女を見ていて、覚えていて、バスを追い掛けて来て、顔を見たから始末すると言われて刺された。


 彼女が命賭けで逃げ出してバンコクに戻ってきたのは、ショーグンに知らせるためであった。チャイポンの手下が「あの男」すなわち万丈目に雇われていて、ショーグンも邪魔だから殺すと言っていたらしい。

 イソノさんが呼ぼうとしたモグリの医者を待つまでもなく、メイはショーグンの腕の中で、「ショーグン。友達。大事なもの。」とつぶやいて死んでいった。ショーグンの悲痛な顔。メイも菩薩になってしまった。


 第4巻50ページ目の上段では、車で送ってくれた万丈目から「故郷のお子さんの病気、よくなるといいですね」と心にもない挨拶を受けながら、メイはそっと両掌を合わせて微笑んでいる。東南アジアの仏教国で行われる伝統の挨拶とお礼の仕草。現地の言葉を覚えようとしない外国人も、この柔らかな礼儀作法は自然と身につく(私もそうだった)。

 そのメイを万丈目は殺した。これまで、ともだちによる「絶交」の被害者はドンキー、チョーさん、ドンキーを殺した逃亡者、バンコクに来た警察官など、すでに数多いが、何の害も、何の迷惑も及ぼしていない女に手をかけたのは初めてのことだ。その罪、万死に値する。


 彼女の亡きがらを抱えたままのショーグンあてに電話が架ってきた。イソノさんによれば、これまでも何度もあった電話だという。せかされてショーグンは電話口に出た。相手の質問は意外なものであった。「オッチョか?」とケンヂは言った。


(この稿おわり)



今年もよく咲いてくれたが、夕顔の季節も終わり。 (2011年9月5日撮影)