第21集の後半は、男の記憶力ってどうしてこういい加減なのというユキジの溜息が聞こえてきそうなエピソードが続く。なんせオッチョでさえ「よくおぼえてないな」という有様だ。その記憶の対象とは唯一つの昔のケンカ騒動なのだが、これがなかなか面白いので逐一、追いかけることにする。今回はマルオの出番です。
第21集の第9話は親父のケロヨンに向かって、本当にこの旗を降ろすのかと確認している息子の修一君の姿で始まる。彼は見張り塔に立って、カエル帝国の旗を下ろそうとしているのだ。下の地面でマルオと一緒に大きなクーラー・ボックスを抱えたケロヨンが「おお」と応えて旗が降ろされる。マルオがそれを見上げながら何やら感慨深げである。
ケロヨンはマルオに、よそ見してると大事なワクチンを落とすぞと言っている。ボックスの中身は最終ワクチンなのだ。実験が成功し、彼らはこれから都心に向かうのである。マルオは「秘密基地閉鎖か」とつぶやいた。ケロヨンも昔そんなことあったなと、ここまでは意見が一致している。しかしケロヨンが「ヤン坊マー坊につぶされた」と過去を振り返るのに対して、マルオは意外や「いや、俺がつぶしたんだ」と反論したから、ケロヨンの作業の手が止まる。
マルオの記憶によると、彼は双子にみんなの前でフルチンにして四の字かけるぞと脅迫され、ビービー泣きながら自分で基地を破壊したのだという。二人して状況を思い出してみると、その時みんなで平凡パンチを読んでいた。コンチとヨシツネがいた。数ページ前に出てきた原っぱの場面のことである。ところが昔話をしているうちに、ケロヨンは視覚的な記憶を蘇らせたらしく身振りも交えて大事な話を始めた。
あのときヤン坊マー坊は、フルチンにしたマルオを「新必殺技人間ロケットだ」と言いながら抱え上げて、二人で彼の体を基地の上に投げ飛ばしたのだという。しかも、マルオは泣いてなどおらず、「真空とびヒザ蹴り、くらわすぞ」という双子の更なる脅しにも屈することもなく、「ものすごい形相で秘密基地を守ろうとしていた」(ケロヨン談)のであった。
いくつかの古い用語の解説を試みる。まずはケロヨンのいう「フルチン」について、これは初出ではなく第1集のドンキーの通夜会場で、ケロヨンがヨシツネに対し、ドンキーのパンツを隠したら、あいつフルチンで走り回ってたという葬儀にふさわしくない思い出話を持ち出して、ケロヨンにイジメてたんじゃないかとたしなめられている。
さすがにフルチンは死語にはなっておるまい。ただし、私が小さいころの静岡では「フリチン」と発音していた覚えがある。これについては天下の広辞苑も意外と詳しく、「ふりちん 男子が下半身を露出させていること。ふるちん。」と書いている。男子といっても下半身露出での遊びは幼稚園ぐらいまでで、ここでのマルオ同様、小学校中学年ぐらいになると、さすがに何となく恥ずかしくなってやめたように思う。
164ページ目のマルオ少年のフルチン図を見ると、歌舞伎町教会でのショーグンのごとく両手を広げてヤン坊マー坊から必死に秘密基地を守ろうとしているのが分かる。だが、勇気だけでは暴力には勝てず、投げ飛ばされて結果的・物理的には彼の大きな体が基地をつぶした。これがマルオの心を深いところで傷つけ、今日に至るまで記憶に偏りがあったのだ。
この災難に続くマルオの姿は、第3集の第4話に出てくる。1969年夏とあるが法師蝉が鳴いているから夏休みも終わりに近い。ケンヂが原っぱに立ち寄ると基地が壊れていて、ヨシツネが泣いている。ヤン坊マー坊が犯人と聞いて、ケンヂの手は一瞬怒りに震えるが、なぜかケンヂも今日は大人で「ま、しょうがねえよ」と語り、今は地球の平和より宿題のほうが問題だと余裕を見せて立ち去ってしまう。
だが実際は日記すら書いていないことなど思い出し、ケンヂは歩きながら動転しているのだが、ふと見ると例の神社の前で鳥居の基礎に腰をかけたマルオがシクシク泣いている。事情を聴くと、すでにマルオはこのときに自分が壊したという表現を使っている。ケンヂは日記どころではなくなった...。
喧嘩の続きは次回に続くとして、双子のセリフに出てくる「新必殺技人間ロケット」は「新」の字が示しているように彼らの独創ではなく、ジャイアント馬場の必殺技、三十ニ文人間ロケットの亜流にすぎない。あの巨体のドロップ・キックを私ごときがまともに食らったらダウンどころでは済まないだろうな。
「真空とびヒザ蹴り」は和製の格闘技、キック・ボクシングの代表的な選手だった沢村忠の必殺技。試合の実況中継とアニメ「キックの鬼」で私らの世代には馴染みの深い跳び蹴りである。キック・ボクシングはショーグン時代のオッチョが、バンコクで戦った相手の一人が使っていたムエタイという武術をベースにしたものだ。脚の力は強いから、キック一撃でKOという場面をテレビで何度も見たものだ。さて、お次はケロヨンの番。
(この稿おわり)
近所の街路にて 風に吹かれて (2013年5月8日撮影)
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