おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

サダキヨの噂の初出     (20世紀少年 第94回)

 この「20世紀少年」という作品は、説明的、解説的なセリフが少ないため、登場人物がなぜそのような言動をとったのかという理由について、よく言えば、しばしば読者の自由な解釈に任されており、悪く言えば、分からずじまいとなってしまうことも多い。

 クラス会の席上で、なぜフクベエが、「カミさんがカルトみないなのにハマった」という作り話までして、ケンヂに”ともだち”が誰かなのを悩ませようとしたのか、いまだによく分からない。

 最後にサダキヨの名前を出して煙に巻くわけだが、できるだけ自分と”ともだち”の関係を伏せようとしたいならば、ともだちコンサートのステージに登場するのはリスキーであろう。

 
 ともだちの好きな言葉といえば、「ケンヂ君、遊びましょう」である。とはいえ、真の仲良しになる気持ちはさらさらなく、猫がネズミをいたぶるような遊びをしたかった様子にみえる。あるいは、”ともだち”とは、ひねくた子供心のままで大人になってしまったという病的存在と言ってもよいか。

 そういう気分の問題はさておいて、事業計画としては2000年の血のおおみそかにおいて、ケンヂ一派には悪の組織の役割を果たしてもらうという目的がある。

 したがって彼に仲間を集めさせ、地下に追い込み、そこにフクベエが紛れ込むための、一つの手段として、このクラス会は利用されたと考えればよいか。もちろん、しばらくは読者を誤解させておく効果もある。


 もっともケンヂは、最終的に、フクベエが唆した「ともだち=サダキヨ」説を信じなかった。スプーンをねじ曲げようとして、サダキヨらしきお面の少年に「ズルはいけない」と言われたことを、2000年になって思い出し、カンナに語っている。

 できれば少年時代、サダキヨにそう言われた直後の夏休みに、ジジババの店で、正義の味方の「バッヂ」を前にして思い出してほしかったが。

 
 さて、クラス会のフクベエは、よげんの書を知っている者の名を挙げていく。もっとも、コンチや山根や「もう一人のナショナル・キッド」はまだ物語に登場していないので、ここでは省略。ユキジは数え忘れたか? ともあれ、フクベエはケンヂに対して、「もう一人いる」という謎かけをする。

 フクベエは「よげんの書」を作った仲間には入れてもらえなかった。このため、宴席ではケンヂに、秘密基地をこっそり見に行ったと、珍しく正直に語っている。そこに別の少年が来たことも、そのとおり語っている。


 ただし、この話題は関口先生の登場で中断してしまうのだが、この日の別れ際に、その名を思い出したふりをして、サダキヨの名を伝えている。サダキヨの名を聞いてケンヂが思い出したのは、またしても忍者ハットリくんのお面をかぶった少年の姿であるが、それ以上は思い出せない。

 私はぜひ証明されると良いなと思っている仮説を一つ持っている。この忍者ハットリ君のお面をかぶっているケンヂの思い出の中の少年は、フクベエではなかろうか。

 同じ「ハットリ」である。また、これから物語に出てくる少年時代の子供たちのうち、ハットリ君のお面をつけている者はいない(と思う)。そしてフクベエは、ケンヂに異常な関心があり、その動向を細かく探っていたような印象がある。

 これから再度、読み進めながら考えよう。今のところ、手がかりは一つ。このページの少年は、半ズボンのベルトが片方、外れて垂れている。


 さて、ケンヂはフクベエの家から出た後でマルオの自宅に行って叩き起こし、小学校時代の写真などを見せてもらって探すのだが見つからない。サダキヨに関するマルオの記憶は、一部正しく、一部間違っている。

 5年生のときに転校したので卒業写真などには載っていないことや、いつもいじめられていたというのは確かであった。一方、サダキヨは中学生の時に死んだという記憶は(というより噂でそうなっていた)、のちに本人が登場するので、誤りであったことが分かる。


 サダキヨは、ともだちに、どのように利用されていたのだろうか? 後段で断片的に出てくるが、5年生のときはほとんどフクベエの小間使いのようであった。大人になっても、それと同じようなものだったという趣旨のことを、本人がコイズミに伝えている。

 バーチャル・アトラクションの中でサダキヨは、大人の顔のまま”ともだち”役をやらされている。2014年にもなると、ともだち博物館長という閑職においやられ、サダキヨの暴走は今になって始まったことではないとか、薬でもやっとけなどと万丈目に言い捨てられている。何かと使い道がありそうだということだけで、飼い殺しになっている印象を与える。


 最後の最後に、サダキヨに救いが待っているのが、この物語の良いところなんだが、それにしても「いじめ」が一つのテーマであり、その被害者の典型がサダキヨであることは間違いないので何とも痛々しい。

 彼は悩み苦しむ人生を歩むが、ひねくれた被害者意識と他罰性を持たなかったことが、”ともだち”と最後に一線を画す結果になったのだろう。サダキヨは、最後に仲間に加わった20世紀少年であった。




(この稿おわり)


三河島の稲荷神社。正岡子規もここを訪れた。
(2011年8月18日撮影)