おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

メルセデス・ベンツ (20世紀少年 第660回)

 私はニコール・キッドマンの大ファンで、特に彼女のB級映画が気に入っている。子供が観てはいけないものも少なくない。その一つに故チャイポンの元縄張り、バンコクを舞台にした「囚われの女」という作品がある。彼女とともに冤罪で囚われていた女がよく歌っていたのが「メルセデス・ベンツ」という曲で、その女の悲劇のあとで印象的な使われ方をしていた。

 この曲「メルセデス・ベンツ」はジャニス・ジョプリンの最後のアルバムに収録されており、彼女の急死のためか演奏なしのアカペラ状態になっている。ドイツの誇る高級車ベンツ。第3集、羽田空港で万丈目を待っていた車がベンツであった。そして、夫を追いかけて多分タクシーに乗ったと思われるキリコが「あの車を追って」と頼んだ「あの車」もベンツである。


 フクベエもこのころはすでにサークル活動で壺でも売ったか、変なコンサートの売り上げが好調なのか、とにかく羽振りが良いらしい。彼の車の後部には、お馴染みメルセデスの三つに区切られた円のようなエンブレムが見える。このエンブレムはクメール・ルージュの残虐さを描いて評判になった映画「キリング・フィールド」で重要な小道具として使われている。

 さて、ベンツの向かった先はホールのような場所であった。大勢の観衆の前で、緞帳の下がったステージに目玉印の覆面をかぶった者が立っている。そいつは、「西暦2000年、人類は必ず滅亡します。」と言った。ああ、そうか。それだからキリコは長髪に「人類に何をするつもりなの?」という訊きかたをしたのか。もうすぐ2000年が終わる時点だっだのだ。


 ここまでは預言者風だが、次は教祖的で「でも、私と共にある皆さん、皆さんは必ず救われます。」と大口をたたいて左の人差し指で天を指した。満場、”ともだち”の大コールが鳴り響く。キリコの顔から血の気が引けている。彼女はこれが夫だと確信しているように見える。映画では風変わりな腕時計が本人確認の手段になっていたが、漫画にはそれがない。声か?

 キリコは差出人の記載がないワープロ打ちの手紙に同封されていた目玉マークを見て覚えていた可能性がある。名無しでも内容からして誰からか分かるだろう。仮にこれを見逃したとしても、カンナが鳴浜病院の廃墟で見つけて驚愕したように、医療法人友楼会のロゴ・マークも同じもので、病院の壁にレリーフされていたのだからキリコが知らないはずがない。


 あの手紙にあった「同じ計画」は二人の事業となって発展した。恐怖の感染症から人類を守る救世主だったはずが、ふたを開けてみたら私はゴジラだったのだ。ステージに立つ男は家を出て行ったときと服装が違い、例の”ともだち”スーツになっているが人違いは有り得ない。

 夫の会社、元の職場、そのロゴを身に着けた男と熱狂する取り巻き。これが「サークル活動」、「友達の集まり」の正体だったのだ。おまけにセリフの内容はカルトそのもので、こうすれば救われるし、そうしなければ救われないという一種の脅迫である。さらに、夫が人類は2000年に必ず滅ぶという断言に根拠があるとすれば、まず思い浮かぶのは彼女が開発したワクチンの敵である山根ウィルスを用いた生物兵器によるテロリズム


 キリコの行動は迅速であった。まず、自宅に戻って「私の子、返して」であり、次に実家に戻って「どうか、カンナの面倒を見てやってください」であった。こういうときこそ家族は助け合うのである。もっともキリコとしては、手のかかる子を二人も育てた実績のある母親の育児経験を頼りにしたのだろうが、意外とケンヂが可愛がりカンナもなついた。これも人類の勝利の一環であろう。

 そのケンヂが思いやっていたように、生まれたばかりの赤ん坊を手放すなんて、どんなに辛かったろうか。しかし、もう自宅にカンナを置いてはおけないし、かといってこれから人類の滅亡を防ぐという大事業を当面ひとりひそかに遂行するにあたり、ワーク・ライフ・バランスを考えている余裕はないのだ。腕力も時間もない。思いついたのは国家権力だった。




(この稿おわり)




近所のお寺の枝垂桜  (2013年3月19日撮影)




 She got the Mercedes-Benz
 She got a lot of pretty, pretty boys
 that she calls friends.

   女の車はメルセデス・ベンツ
   可愛い男の取り巻き連中を
   女は「友達」と呼んでいる
                        ”Hotel California” Eagles
 








































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