おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

われながら わが心をも 知らずして   (20世紀少年 第52回)

 ともだちマークの由来を調べているケンヂも、その行動力と記憶力がそろそろ限界に達したか、やや行き詰まりを見せたところに、運命の女神は今回、努力する者を見捨てることなく舞いおりて来る。

 ケンヂのコンビニに、ユキジがやってきた。叔父に背負われたカンナとの初顔合わせでもある。「ここ酒屋じゃなくなったんだ」というユキジのセリフからして、彼女はすでに生まれ育った街を出て久しい様子である。空港職員になった時点で、成田方面に引っ越したのだろう。


 ユキジは重大な情報を、三つ、もたらす。その一は、ともだちマークの考案者がオッチョだということを、彼女が思い出したのだ。それを聞いて、さすがのケンヂもようやく、秘密基地の情景を思い出した。第2話「オッチョ」は、「このマークを知っている奴は、本当の友達だ」という、オッチョ少年の高らかな宣言で始まる。

 ユキジの二つ目の用件は、その日の午後、市原弁護士が主催する被害者の会において、調査報告会が開催されるため、ケンヂも出席して知る限りのことを話してほしいという要請であった。

 そして三つ目に彼女が伝えたかったのは、「相手の団体は相当ヤバいらしいけど、それでも、あんたならやるわよね。やると思ったから、あたし来たのよ」というメッセージだった。


 しかしケンヂは、ちょうどそこに現れたコンビニ・チェーン本社の「フランチャイズの監視役」に叱咤激励され始めてしまい、その心中で「今の俺は、昔の俺ではなく...」という夏の少年そのものの言い訳を用意して欠席してしまう。

 それでも、けなげにもユキジは、めげずに次の企画として情報収集のためのクラス会を開催すべく、旧クラスメートたちの住所を調べ上げ、案内状の原案まで作ってケンヂを再訪する。

 その際に、ユキジは被害者の会に来なかったケンヂを責める。ユキジは「言いわけなんて、白馬に乗った王子様は絶対しない」と祈るのだが、ケンヂには届かない。


 立ち去る際に「やっぱり会わなきゃよかった」というユキジの背中越しの言葉は淋しく哀しいものだが、こういうとき、私は詳しくないのだが、女心というものは複雑な様相を呈するするらしい。

 千年ほど前の女性が書き遺している。出典は丸谷才一著「新々百人一首」。例によって、丸谷さんは現代語訳するような野暮なことをしてくださらないので、拙訳で我慢していただかなくてはならない。「自分の心の動きも知らずに、もう二度とあの人に逢うものかと誓ってしまいました...」。

 後日、二人が再会するのは、風雲急を告げる成田空港であった。ケンヂは再び、ユキジを救いに行くのである。



(この稿おわり)


われながらわが心をも知らずしてまた逢ひみじと誓ひけるかな  清少納言