第2巻の第3話「チョーさん」は、43ページ目、チョーさんの一人暮らしの自宅から始まる。昔ながらの六畳の居間。ある程度のお金がかかっていそうな家具は、テレビとその下のビデオ等を収納できる台座ぐらいだろう。
それ以外は、使い古した箪笥、チョーさんが会話中の黒い電話機、星一徹がひっくり返すのに適した丸くて小さなちゃぶ台、その上にお茶のセット。竹で編んだレターボックスと屑かご。木の柱に木目の縁側。
壁掛けの月めくりのカレンダーには、20日と27日に手書きの丸印があって、それぞれ「将平」、「定年」と書かれている。1997年に20日が月曜日だったのは1月と10月だから、ここでは10月か。定年退職のちょうど1週間前が、孫の誕生日なのだ。
チョーさんは、このすぐあとに同僚のヤマさんに語ったところによると、娘さんの裕美子さんが口をきいてくれないという、不仲になってしまっている。警察の仕事が忙しくて裕美子さんの結婚式に遅れ、孫の将平ちゃんの運動会に遅れ、さらに奥さま(裕美子さんの母上)の最期にも、危篤の報を受けながら4時間も遅れてしまったからだ。
このため将平ちゃんの誕生日の贈り物は何が良いかについて、チョーさんは義理の息子の浩之くんに訊いている。孫の父親によれば、「ピカブー」が好きだそうだ。私が知っているピカチューはネズミのお化けみたいなものだが、ピカブーとは豚さん系であろうか。
同居を願う浩之くんと将平ちゃんの気持ちを受け止めつつ、電話を置いてチョーさんは仏壇に向かう。臨終に間に合わなかった奥さまの霊前で、チョーさんは何を思っていたのであろうか。長年この家で一緒に過ごした日々、そして、これから一人で老いていく日々のことを考えていたのだろうか。
とはいえ、さすがはベテランの刑事。まずはピカブーを早速買い求め、その足で職場に向かっている。やり残した大きな仕事が一つ。ケンヂの店の酒代がツケになっている敷島教授一家の失踪事件は、定年を迎えるにあたり信頼する同僚、しかも、関連するかもしれない別件の担当者に引き継ぐ意向であった。
あいにく、その担当官であるヤマさんは職場に居た。これが最悪の形で、チョーさんの命取りになった。ピカブーのプレゼントは血に染まり、将平ちゃんの手元には届かなかったかもしれない。だが、孫は立派に敵を討つことになる。
せめてもの花向けは、最後の最後に裕美子さんが心を開いてくれたことだろう。さすがはチョーさんの娘だ。この和解は、名刑事が現役でいる間になされるに越したことはなかったのだから。
今回はこのまま、しめやかに終わります。
(この稿おわり)
梅を干すと梅干しになります。 (2011年7月25日撮影)
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