この作品の登場人物は、それぞれ出番が細切れだったり過去にさかのぼったりと忙しいので、誰か一人を時系列で追いかけるのが難しい。特に困難なのがユキジ。主人公ケンヂと、時空を超えて、あちこちで絡むのもその一因。
第2巻は巻頭に史上最悪の双子、ヤン坊マー坊が登場し、その凶悪コンビを柔道の投げ技や固め技で退治している史上最強の女子、ユキジの小学生時代の雄姿が眩しい。浦沢漫画のファンならば、「YAWARA!」を思い起こさずにいられない。
ユキジは、第8ページにおいて、殴りかかってくるヤン坊かマー坊のどちらか(識別困難)に対し、出足払いをかけて倒している。この技は、おそらく小さな体で巨大な双子を破るため、柔道指南だった彼女の祖父に鍛えてもらったに違いない。
このユキジの必殺技は、数十年後にケンヂがその発想を借用して巨大ロボットを自壊させ、「反陽子ばくだん」から地球を守ることになる。
さて、この冒頭の場面まではユキジが優勢だったが、その続きは32ページ目から描かれており、柔道技にはかなわないと判断した双子が、裸になって相撲を取ろうと言いだし、あろうことかユキジの服を脱がせようとする。
さすがに彼女は涙を流しつつ、しかし歯を食いしばって抵抗するのだが、衆寡敵せず乙女の危機に陥らんとするとき、単身、彼女を救うべく殴りかかってきたのが、ランニングシャツ姿のケンヂであった。
次は42ページ。ケンヂは大敗するが、泣いているユキジに「泣くなユキジ。俺たちの仲間に入って、悪と戦おうぜ」と声を掛けている。このときからケンヂは、ユキジにとっての白馬に乗った王子様となった。そして、この時点では、戦うべき「悪」とは双子だったかもしれない。しかし、後にそれどころではない相手が責めてくる。
この場面の続きは、はるか先の「21世紀少年」上巻、第4話「子供のはじまり」の冒頭に出て来る。心を痛めた少女と体が傷ついた少年は、顔を近づけたりして良い感じになるのだが、ケンヂが「おまえさ、鼻水出てる」という写実的な心ないコメントをしたため、ユキジに「自分で傷、洗いなさいよ」とぶんなぐられて、二人のすれ違い人生が始まる。
ともあれケンヂは、ユキジを誘った甲斐があったのだ。第8巻の25ページ目、ユキジが秘密基地の仲間入りしている姿が見える。ケンヂは、巨大ロボットのデザインを考案中であり、ユキジは「彫りが深くて素敵」という理由により、ジャイアント・ロボ」を推薦しているのだが、ケンヂは結局、鉄人28号しか描けないのであった。
この作品中、ジャイアント・ロボの名は、ここにしか出てこないのではないかと思う。彼の叫び声は、日本語に直しようがないと思っていたのだが、江口寿史の超人的名作「すすめ!!パイレーツ」の中で、ロボが(というより、確かロボの真似をしている犬井さんか誰かが)、「マ!」と発声しているのをみて、なるほどなあと思った。
パイレーツは、おそらく浦沢さんもご存じであろう。ケンヂも、「あんなの、”マ”しか言えないじゃないか」という根拠薄弱な理由で、ユキジ案を却下している。
ちなみに、以上の会話は、血の大みそかの夜、巨大ロボットによじ登ろうとしているケンヂの大健闘の場面を中断して挿入されている。まさか、その最中に回想していたのではあるまいが、いや、この人は分からない...。
(この稿おわり)
夏の草原。かつては、子供たちの戦場でありしか。
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(2011年7月17日)