おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ユキジの「暗い」過去     (20世紀少年 第48回)

 ユキジの麻薬犬が空港でケンヂに噛みついたおかげで、彼女と旧友たちは再会を果たす。まともな犬だったら、すれちがっていたかもしれない。そして、ユキジとこのタイミングで会ったおかげで、ようやくケンヂも、ともだちマークの由来を、やがて思い出すことになる。

 となれば麻薬犬ブルー・スリー号さまさまであるが、引き続き犬に襲われながら、ケンヂは「このバカ犬がブルース・リー!?」との疑念を呈している。しかし、ユキジによれば「青3号」の英語名であるらしい。


 俳優ブルース・リーは、私が中学生のころ、一部の級友たちにとって憧れの的であった(私が彼の名を知ったときには、もう亡くなっていたが)。マイナーだったジャンルが市民権を獲得するとき往々にして起きることだが、例えばレゲエがボブ・マーリーを得たように、カンフー映画ブルース・リーという英雄を得たのだ。

 彼とくらべて、ブルー・スリー号は英雄的ではないが、のちに万丈目に襲いかかったのは決して失敗ではなかっただろうし、今回もよく見れば、この犬はケンヂに対して、笑顔で腰を使っているとしか思えない。

 つまり、第1巻でユキジが市原弁護士相手に「ところかまわず興奮して腰動かす」と嘆いていたのと同じことをしているに過ぎない。好意的にとれば、青3号はユキジに抱いているのと同じ好意をケンヂに示しているのであろう。


 犬がケンヂに気を取られている間、マルオとヨシツネとケロヨンは、ユキジとの旧交を温めようとする。ケロヨンの「ちっとも変ってねえもんなー、ユキジー!」というのは、蛙にしてみれば賛辞のつもりかもしれないが、この連中からそう言われるのは、ユキジにとって振り返りたくない過去を振り返らねばならないときの合図のようなものらしい。

 はたして、彼らに伝わっていた中学・高校時代のユキジの武勇伝は、不良グループや暴力団相手の大立ち回りでの快勝であり、祖父の骨接ぎ業がそのお陰で栄えただの、プロレスラーになって連戦連勝だの、どこまでが真実でどこからが誇張や虚偽なのか分からないエピソードが次々と湧いて出て来る。

 
 ユキジは、「この暗い過去から逃げなければ、あたしの未来はない」と心中で叫んで遁走しようとするのだが、ケンヂに呼びとめられ、これに覚えはないかと、ともだちマークを見せられる。彼女の脳裏には、先日、同じものを市原弁護士に見せられたときの記憶が蘇ったらしい。

 しかし、この時点では「お嫁に行けない」不安のほうが重大な関心事であるため、ユキジは犬を引きずって去ってしまう。だが、やがて戦場に戻ってくるのだ。彼女も20世紀少年の一人なのだから。


 なお、ユキジが自ら使う一人称代名詞は「あたし」である。カンナもコイズミも同じであり、日本人女性は、いつごろからか「私」を「わたし」と発音せず、「あたし」と言うのが普通になってしまった。昔も「あたい」とか、落語で「あたしゃね」という言い方はあったが、どこか崩れた感じの表現であって、学校や職場で教わる言葉ではなかった。

 他方で、浦沢さんは、成人のキリコには「私」と言わせており、これは「わたし」と読むべきであろう。ユキジは私の一学年上だから、ケンヂや私の世代あたりから、「あたし」化は始まったのかもしれない。もっとも、ケンヂのお母ちゃんも「あたし」なので、江戸っ子は昔からそうなのかもしれない。



(この稿おわり)




私の好物、沖縄のソーキそばとオリオン・ビール。南国の昼飯はこれに限る。 
(2011年7月13日撮影)


















































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