去年だったか大学生になる息子に、近ごろどんな歌手が気に入りなんだと訊いたところ、「んー、わたなべまちこ」という鈍い返事が返ってきた。さほど珍しくもない氏名だから新人かとも思いつつ、例えばどんな歌だと重ねて問うたところ、「かもめが翔んだ日」だという。今ごろ何だそれは。そいつは俺がお前より若かったころの歌だと言ったら、今度は向こうが驚く番であった。
一体、最近の若者はどうやって歌を選び聴いているのだろうか。たぶんネットだろう。そんな昔の歌まで自在に聴けるとは便利だ。だが、周囲の友人らも同じ曲を聴いているとは限るまい。例えば私が渡辺真知子と聞くと、高校のクラス旅行で同級生の娘が「ブルー」をバスの中で歌っていたことなどを思い出すが、一人でネットで聴いていたのでは、そういう風情はあるまいぜ。ともあれ渡辺真知子や八神純子や五輪真弓は声に張りがあって好きでした。
漫画にも様式美というものがある。一例が美人や可愛い娘の顔には、唇を描かないという作法がある。浦沢作品は目が異常に大きいなどといったマンガならではのデフォルメが少なく、かなりリアルなのだが、それでもやはりカンナやコイズミの顔に唇はない。ところがなぜか、ユキジには少女のころから初老に至るまで、はっきりと唇が描かれていて、それが彼女の顔付きを史上最強の女子らしくさせており、強い精神力の持ち主であることを示しているかのようだ。
第4話「子供のはじまり」は第2集に出てきたケンヂが、ユキジの白馬の王子さまになったシーンの続きである。王子様と言えど実力の世界は容赦なく、ヤン坊マー坊に大敗したケンヂは公園の地面に倒れて「あたた」と痛がっている。隣ではユキジが泣いており、「おまえでも泣くことあるんだ」とケンヂを感心させている。ユキジはそれどころではなく、「バカ言ってんじゃないわよ」と反論し、かなうわけないのに一人で双子に立ち向かうとは、「本当にバカよ」と言った。「バカバカ言うな」とケンヂ。
以前、ユキジがキリコにオキシフルで膝のケガの手当をしてもらっらのは、この日の帰り道かもしれないと書いた。しかし、どうやらこの見当は「はずれ」らしい。「あんな奴ら、あたし一人でやっつけられたのに」というのがユキジの悔し涙なのだ。ということは彼女を守るべく立ち上がったケンヂの勇気に敬意を表して、ユキジは「観戦」していたらしい。確かに相撲に応じない限り彼女は勝っただろう。
それにキリコと会ったとき、ユキジは足を引きずって痛がっていたのだ。この日のユキジはそういうケガもしていない様子である。ユキジさえケガをするほどの戦いといえば、またも登場願うが、俺達の旗をヨシツネが死守した日の団体戦ではなかろうか。ユキジがうらやましいとキリコは意外なことを言っていたが、案外あのバトルロイヤルをどこかでキリコも観戦していたのかもしれない。
横たわったままでケンヂは「泣くな、ユキジ」と言って彼女に傷だらけの顔を向けた。そして「俺達の仲間に入って悪と戦おうぜ」と誘われたのが運の尽き、とうとう60歳近くになるまで悪と戦う破目になった。そのせいもあってお嫁に行く機会も逸し続けたのであるが、その点に関してはまだ挽回の余地がある。
ユキジはそれまで両膝を地面につけて座り込んでいたのだが、ようやく元気が出たようで「もうバカね」と言って立ち上がり、ケンヂを引き起こして傷口を水道で流さなくちゃと彼を引きずっていく。公園の円筒形の水飲み場と碁盤目の排水溝は、ヴァーチャル・アトラクションでヨシツネがコイズミに「水でも飲んでろ」と言い放ったものとそっくりだ。
冷水はしみる。当時の公園となると地下水かもしれない。ケンヂは「いてーものはいてー」と痛がっているのだが、ユキジは「このくらい我慢できなくて、何が悪と戦うよ」と厳しい。厳道館。もみ合っているうちに思わず顔が近き、二人のよく似た唇がお互いの目の前にある。「あの、俺さ」とケンヂ、「何?」よユキジ。この日、彼女は新たな人生のステージに進んだのだ。年齢的に少し早いような気もするが、そこまでなら許そう。
だが何を考えたか、ケンヂは「あの、おまえさ」と主語を切り替え、あろうことかレディに向かって「鼻水、出てる」と言ってしまった。彼女は彼のために泣いたから、そうなったのだぞ。ドンキーと一緒にされてユキジは怒った。「自分で傷、洗いなさいよ」と一声、吠えて、ケンヂの頭を鮮やかな右フックで一発ぶん殴っている。「いてー」とケンヂ。絵に描いたような自業自得であった。素敵なランデブーの直後から、二人のすれ違いと背中合わせの人生が始まる。
(この稿おわり)
近所の公園にて (2013年9月23日撮影)
取りとめのない心
ひとはどう いやしてるの
あなたと私 いつも
背中合わせのブルー
「ブルー」 渡辺真知子
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