おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

3月11日 パンデミック  (第1236回)

少し前の記事の追記から始めます。第1228回において、WHO(世界保健機構)が1月30日に緊急事態の宣言をしたことを書きましたが、その宣言のリンクを貼り忘れました。「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of International Concern)は、この時点でWHOにとっては、この上なく強い警告といえるものでした。

それ以降も、感染者・病死者・発生国は増え続けました。また、2月下旬に中国との合同調査を行ったことにも触れましたが、その直後にはイタリアで感染が急拡大し、全般に状況は悪化したと考えたのかもしれません。日本人にとっては忘れがたい日付、3月11日にWHOはCOVID-19 に対し、パンデミックを宣言したと報道されました。


正確を期すとWHOの「パンデミック宣言」は、2020年3月11日付のウェブ・サイトにもありますが、 COVID-19はパンデミックとみなし得る(can be characterized as a pandemic)という歯切れの宜しくない表現が使われています。文意からすると、これから世界的な拡大を予想するという一方で、中国や韓国は押さえ込みに成功しており、他の国でも対処に万全を期せば制御可能であるという。

私も初めて知りましたが、”We have never before seen a pandemic sparked by a coronavirus. This is the first pandemic caused by a coronavirus.”と文中にあり、すなわち、コロナ・ウイルスによる感染症に対して、パンデミックを宣言するのは初めてであると述べています。


パンデミックという用語は本来、世界的な病気の流行という広範な使い途のある言葉ではなく、科学技術振興機構さんのサイトにあるように、この「WHOの規定上ではインフルエンザに対してのみ使用されてきた」ものであったらしい。それを初めてインフルエンザ以外にも使うほどの特別な事態であるように感じます。

過去の具体例を挙げると、本稿でも触れた、2009年から2010年にかけての新型インフルエンザの世界的流行は、英語で「Pandemic 2009H1N1」というらしい。カタカナで「パンデミック・インフルエンザ」と検索してみると、たくさんヒットします。主に冬季に流行を繰り返す「季節性インフルエンザ」と対比する概念であるようです。


そこから更に類推すると、WHOはCOVID-19 が季節性インフルエンザのごときものではないと強調したかったのかもしれず、換言すれば、季節性で終わるのは多くの人が過去に罹患していて抗体を持っているから大流行にはならないが、新型は免疫を持つ人がいないので、世界中に広がるおそれあり。

それと同じ性質(抗体が無い)がある以上、発生していない国も注意せよということでしょうか。念のため私は医師ではありませんから、ここでは医学の議論をしているのではなく、言葉の使い方からこの事態の深刻さを解釈しようと試みております。このご時世、できる限り勉強しないわけにはいかない。


先ほどの「パンデミックとみなし得る」という若干よわい表現は、一つには感染者数の報告のうち、四か国がその90%を占めており、そのうち前記のように中国と韓国では、報告が減少していると書いう事情があるからか。韓国は確かに迅速でした。しかし中国の統計データをWHO以外の誰がどれだけ信じるだろう。

根拠もないのに疑うのは倫理的によくないことですけれども、私の世代は東西対立構造の時代に「西側」で育ちましたから、共産主義国家のソ連や中国の国家統計は鵜呑みにできないと教わりました。建前上は労働者の政権ですから、人民は不幸であるはずがないのです。これは議会制民主主義であろうと、同じことが起き得ますので要注意。

それにしても、周国家主席が翌4月に予定していた来日を取りやめたのは、この一週間ほど前の3月5日のことです。そのあとに劇的に改善したのか、それとも本音は日本が危険だと同国が警戒したのか、外交情勢は複雑怪奇。実情不明です。



(おわり)



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木蓮  (2020年3月11日撮影)


















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