おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

同級生   (20世紀少年 第302回)

 モンちゃんは小学生のころ、ケンヂたちと同級生だったのだろうか。ケンヂとオッチョとマルオとヨシツネとユキジは、小学校の5年生と6年生のとき、同じクラスである。

 これは、1997年にユキジとケンヂが開催したクラス会、第11巻に出てくる5年生のときの遠足などの回想、第12巻に出てくるユキジとヨシツネの万博などについての会話、第16巻の教室の光景などからして間違いない。5年生の1学期にはサダキヨも同級だった。


 そして、フクベエ、グッチィやノブオも同級生であり、5年も6年も担当は関口先生。これだけ重なるということは、5年生から6年生への進級時に、クラス替えは行われなかったのだろう。おそらく5年も3組。もしかしたら、4年3組から、3年間、ずっと同じメンバーだったかもしれない。私の小学校もそうだった。

 ところが、モンちゃんは、回想場面や写真やヴァーチャル・アトラクションなど見ても、ケンヂたちと同じクラスであるという証拠が、思い出す限りでは見当たらない。同じことはドンキーにもケロヨンにもコンチにも言える。このため昔、この4人はクラスが違うので、秘密基地のメンバー入りが遅れたのではないかと書いた覚えがある。


 しかし、改めて第11巻を読むと、どうやら少なくともモンちゃんは、同じクラスだったらしい。70ページ目で物語は2014年に戻り、老人ホームの屋上にいるサダキヨとコイズミが出てくる。関口先生と多少のお話しなどをしたのかもしれないが、コイズミによると先生は寝てしまったので、サダキヨは得意の屋上にコイズミを誘ったのであろう。

 そこで彼はコイズミに向かって、「うれしかった。僕のことを覚えてくれてた同級生がいた」と述べている。望みの少ない者ほど幸福になれると書き残したのはローマ帝国の哲人皇マルクス・アウレリウスアントニウスだが、サダキヨはこれだけで随分うれしいらしい。それはともかく、同級生とはっきり言っている。

 
 さらに、そのあとで、モンちゃんがサダキヨの行方を突き止めたきっかけは、「担任の関口先生を訪ねた」からであり、また、その前のシーンでは、サダキヨがモンちゃんに「一緒にいた」のは5年生の1学期だけだったと語っているが、これらの表現も同級生だったと考えるのが自然であろう。

 これで、すっきりしました。2000年血の大みそかの夜、巨大ロボットに立ち向かった7人は、フクベエも含めて、みな同級生だったのだ。刑事チョーさんは、この全員の顔を卒業記念写真で見たに違いない。


 コイズミはサダキヨの昔話にあまり興味がない。朝までファミレスで待つかなどと言っている。コイズミはヴァーチャル・アトラクションの中で、首吊り坂の肝試しの直前に、少年たちに自己紹介をしている。彼女のすぐ目の前にいて、肩ごしに振り向きながら、「なんだ、こいつ」という顔をしているのがモンちゃんの少年時代なのだが、コイズミ、知る由もない。

 それよりも、問題はサダキヨの反応だった。老人ホームは包囲されているという。確かに車が並び、ものものしく人が動いている。コイズミはワールド送りの恐怖にさらされていることをようやく思い出すのだが、サダキヨはそれどころではないという。薬を使うか火を使うか、周囲にわからないように、それとなく消してしまう。


 その方法を”絶交”と呼ぶのだと、コイズミは教わった。サダキヨの教師としての最初で最後の教えがこれか。そうか、”絶交”というのは、単なる人殺しではなくて、事故などに見せかけるという方法も併用されることがあるのだ。ドンキーの場合は自殺、チョーさんの場合は感染症だった。ピエール師は白昼の刺殺だったが。

 宇宙人が助けに来ないなとサダキヨは暢気であり、コイズミは頭を抱えている。”絶交”か、と呟いたサダキヨの回想が始まる。モンちゃんの学生時代から最期までの物語。


(この稿おわり)


春は曙(2012年3月21日撮影、自宅より)