おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

宿題   (20世紀少年 第305回)

 夕涼みがてら歩き出したモンちゃんは、サダキヨ相手に「ガキの頃なら、今日あたりから夏休みの宿題でヒーヒー言っているな。早く宿題なんかない大人になりたいと思ったもんさ。」と語りかけている。同感。私の小学校は、登校日ごとに宿題の期限が割り振られていたので、ヒーヒー言う回数もそれだけ多かった。

 モンちゃんが宿題に悩む少年であったことは、ヴァーチャル・アトラクションの中のことながら、第14巻に出てくる。大人のヨシツネに突然抱きつかれて質問攻めにあった彼は、「離してくれよ。俺、夏休みの宿題やんなきゃいけないんだよ」と言い訳して逃れようとするのだが、ヨシツネに「ゲームセンターで遊んでるじゃないか」と痛いところを突かれている。


 この場面は日付が分かっている。1971年8月31日。このときのモンちゃんは6年生で、「今日で夏休み、終わりなんだから」と言っている。この日、彼は宿題を片づけなければならないし、他方でピンボールもやりたいし、気もそぞろのまま理科室の掃除当番を務めに学校に行ったため、魚の水槽の電源を入れ忘れた。

 その夜の理科室で悪さをすることになるフクベエは、第16巻によると1970年8月28日の段階において、すでに8月31日の分まで日記を書いている。当時、小学校の夏休みの宿題で、もっとも大変なのは日記だったのに、何とも手回しのよいことだ。もっとも、彼のこのときの日記は、土佐日記と同様、創作だから筆が進んだのだろう。


 宿題をやらないことにかけては、同じくヴァーチャル・アトラクションの中だが、他の少年も引けをとらない。第9巻に出てくるヨシツネは、フクベエが31日付の日記を書いていた日の翌29日の朝、オッチョに宿題を教わろうとして外出するが、不注意にも秘密基地の横を通り過ぎようとしたので、コイズミに捕まって学校への案内役にさせられている。

 そして、さすがは主役。モンちゃんたちが理科室に向かった6年生の8月31日、ケンヂは夏風邪で熱を出して寝ていたため不参加となったのだが、ヴァーチャル・アトラクションでは、寝込んでいる部屋に姪のカンナがいきなり出現し、詳しくは後に触れるとして、最後にカンナから「これから、あなたのやることは正しいから」と言われて、ケンヂ少年は「夏休みの宿題やってないのが正しいのか?」と寝ぼけ眼で応えている。


 ケンヂたちが宿題をやらない少年であったことは、ヴァーチャル・アトラクション以外の場面にも出てくる。第4巻の第4話に、ヤン坊マー坊に基地を破壊されて泣いているヨシツネが泣いているのだが、ケンヂに訊かれて夏休みの宿題は全然やっていないと答えている。

 ケンヂは偉そうに「その方が問題だ」と見捨てているのだが、直後に自分も夏休みの日記は「初めの三日くらいしか書いてねえぞ」ということをようやく思い出して慌てている。ケンヂが日記に書く中身がどの程度のものか、第3巻の179ページ目に一例がある。「8月7日晴れ きょうはスイカのたねをたくさん にわにまきました。これでスイカくいほうだいです」。まだ3年生ぐらいか。


 9月1日、モンちゃんとケンヂは、おそらく宿題が片付かないまま登校して、関口先生を呆れさせたに違いない。さらに、モンちゃんにとっては、「ところが大間違い。大人になったら宿題だらけだ」という未来が待っていた。そしてモンちゃんは「夏休みか...」と呟いているのだが、宿題に続いて何を考えてのことなのかは描かれていない。

 私の理解と記憶によれば、よげんの書に出てくる「9人の戦士」とは、私の好きな絵の一つ、「21世紀少年」上巻66ページ目に描かれているマルオとヨシツネ、ユキジとドンキー、コンチとモンちゃんとケロヨン、そしてオッチョとケンヂである。彼らこそが、トウェンティース・センチュリー・ボーイズ・アンド・ア・ガールなのだ。

 
 ここで子供たちが見上げている旗は、おそらく、史上最悪の双子ヤン坊マー坊に急襲され、オッチョが「ラブ&ピース」を一時中止してまで参戦したものの破壊されてしまった秘密基地を再建し、そこに立てた旗であろう。ところが、この9人のうち、その日の双子との決闘に、なぜかモンちゃんだけが参加していない。

 また、他の8人は秘密基地の中にいる絵が描かれているのだが、モンちゃんだけは基地の絵がない。これらは、たまたまのことであって、彼が基地の仲間であることに疑いの余地はないのだが、ちょっと不思議である。基地には、あまり立ち寄らなかったのだろうか。「夏休みか...」とつぶやくモンちゃんが思い起こしているのは、理科室の夜かもしれないし、首吊り坂の夜かもしれない。


 サダキヨは夏休みの話には乗らず(まあ、ろくな思い出はないだろうからなあ)、「なあ、モンちゃん」と話題を替えようとしている。「どうした、サダキヨ?」とモンちゃんが振り返ったところで、いったん話が途切れ、モンちゃんの回想が始まる。

 回想が終わった後、彼は「まあ、ざっとこんなもんだ。俺が今こうしている経緯は...」とモンちゃんは言っているので、サダキヨの質問は、おそらく、病気も良くないのに、なぜ”ともだち”の正体を必死に探し回っているのか、というような趣旨だったのだろうと思う。では、モンちゃんの昔話に耳を傾けようか。


(この稿おわり)



有明海のトンビ(2012年2月27日撮影)