おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ハレンチ学園 (20世紀少年 第873回)

は‐れんち【破廉恥】
(1)恥を恥とも思わないこと。恥知らず。鉄面皮。厚顔無恥。「−漢」
(2)不正不徳の行いをすること。「−な振舞い」

はれんちざい【破廉恥罪】 窃盗・詐欺・贈賄・収賄など、道徳に反する犯罪行為の称。 (以上、広辞苑・第六版より)


 上記のごとくハレンチとは、本来、政治家等の専門であって、スケベとかエッチとか嫌らしいという意味とは遠い。しかしながら、第1集に出てくる平凡パンチを秘密基地の誰かが(映画ではヨシツネ)「ハレンチ」と評しているのは、マンガ「ハレンチ学園」の強烈な影響によるものだ。あのリンゴ・ヌード娘の話題、映画にも出ていました。


 少年漫画に性のテーマを持ち込んだのは永井豪である。手塚治虫も頑張ったが、「やけっぱちのマリア」も「ふしぎなメルモ」も、いかんせん手塚先生は医学博士とあって、どうしても性教育風になってしまう。永井先生はど真ん中のストレート勝負であった。

 私はどちらかというと「あばしり一家」のほうが好きだったのだが、ともあれ当時の永井作品は目につく限り読んだ。そろそろ生物に二種の性があることの怪しげな謎が、我々を呼び招く年ごろである。黙っている訳にはいかないのだ。


 前回の場面にスカートめくりの話題が出てきてしまったので、このテーマを避けて通れなくなった。われらの小学校にスカートめくりの嵐が吹き荒れたのは1968年か69年ごろ。なぜこういう見当がつくかというと、私の標的がそのころ好きだった娘だったからだ。ケンヂと同じで、どうでもよい娘はターゲットにはならないのである。

 人気のある女子は不覚をとると、背後に山猫のごとく忍び寄る男子の犠牲になる。首尾よく成果を挙げた際、男子は逃げたら卑怯であり、相手の反応を正面から受け止めなければならない。こうして勇気を育み、責任の取り方というものを覚えていく。


 ふしぎなことに、その他のイジメはよく先生に言いつけられたものだが、これだけは黙殺されていたように思う。もしかしたらイジメではなくて、その後の人生において男と女の間で繰り広げられる多種多様な駆け引きの端緒だったからだろうか。これでは余りに身勝手な解釈であろうか。

 漫画「ハレンチ学園」において、冒頭に引用した破廉恥の本来の意味からすれば、ハレンチは性的な言動に限定された話ではなくて、教師陣全体の恥を恥とも思わぬ態度であったろう。PTAが騒いだとネットの書き込みにはあるが、少なくとも私の周囲の大人はハレンチ学園も全員集合も、別に禁止令など出さなかった。みんなで楽しんでいたのだろう。日活ロマンのポスターも同様である。


 永井豪はレパートリーが広かった。私は今でも漫画「デビルマン」の最終回の見開き2ページの絵を見たときのことをよく覚えている。華やかで哀しい最期であった。それはアニメ「フランダースの犬」の最終回と並んで、私には聖なる終幕の代表格として忘れがたい場面である。

 第2集「ロボット会議」で出て来た操縦席を取り付けたいという”ともだち”の提案は、どうみても「マジンガーZ」の影響だろう。そんなのに乗って操縦できるかと敷島教授は素人集団をけなしているが、二つ目のロボットにもなぜか操縦席を作ってしまい、でもそうでなかったら(つまりリモコン作動だけの鉄人28号みたいだったら)、世界は終わっていたかもしれない。


 サダキヨはロボットの概念を知らないコイズミに、マジンガーZは「戦闘車両に近い」と説教を垂れていたものである。「近い」ということは似て非なるものであり、われわれの常識ではやはりロボットなのだ。このあたり確かに境界が微妙である。C3POアシモフ的なロボットだが、R2D2は歩くコンピュータに近い。

 前にも少し話題にした「新世紀エヴァンゲリオン」について、これは私からするとどうみても永井豪の影響が強い。戦闘車両に近いロボット、切れ長で鋭い目つきの登場人物たち、ギャグとエロチシズム。ただし残念ながら見た範囲ではスカートめくりは出てこないが。それに時代は移り変わり、戦う女はリボンの騎士からキューティーハニーになっていた。ファンの層が上にずれ、色気づいたからだろう。


 最近は全くアニメも少年漫画も見ない。先日、中華料理店で少年ジャンプを開いたものの、知っている作品は両さんと「ONE PIECE」だけで、さらにいうと他は区別がつかないほど全体に画風が似ている。絵は本当に上手くなったものだが、描線が濃密で暗く感じるものが多い。それに、やたらと鋭角的であり、丸っこい手塚作品で育った世代には馴染みにくい。ここでも拙はガラパゴスか。
 
 せっかく永井豪が導入した明るく隠微なエロスの魅力は、近年の児童ポルノ禁止の動向の中、どうなっていくのだろうか。18歳未満が規制の対象で、しかもマンガすらダメとなったら、コイズミの「それなりのボディ」もカンナのインナーも法律違反になる。すると残るは敷島娘と高須だぜ?

 漫画の新作を本格的に読むことはもうあるまい。おそらく、この「20世紀少年」が最後だろう。それも別に構わない。小説も映画も同じような状況だが、まだ読んでいない(観ていない)古典がたくさんある。宝の山だ。下巻に戻ります。第7話の「ごめんなさい」の始まり。



(この稿おわり)








戦う小学館



 

 人の世に愛がある 人の世に夢がある
 この美しいものを 守りたいだけ 
  
             デビルマン 談






 

三陸海岸にて、ケヤキの新緑  (2014年5月11日撮影)





































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