おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

落ち武者 (20世紀少年 第815回)

 上巻の119ページで話はヴァーチャル・アトラクションのケンヂたちに戻る。神社の階段の下で「ケンヂー」と呼ばわるマルオとヨシツネの声がする。初老ケンヂは少年ケンヂに向かって、マルオたちが呼んでいるからそろそろ帰れと言った。用済みとなったか。少年はマルオたちを知っているのかと不思議がっている。「ああ、ちょとな」と初老。そっけなく答えているが場合が場合でなかったら、どんなに会いたかろう。

 少年は大人の心境を察することもなく、あいつらはオバケが怖くてここまで来られないんだぜと威張っている。どんなオバケが出るんだと大人は尋ねる。大人になってもこういう話題は捨てておけないらしい。少年は河本たちが描いていたというオバケの絵を枝先で地面に再現してみせた。「落ち武者みたいだった」らしい。


 なるほどねと見せてもらった方も感心している。髪がザンバラになって月代が丸見えになっている。髭ものびて長髪のまま。シルエットがどことなくボブ・マーリーと似ていると言ったらファンに叱られそうだが、実はオッチョにも少し似ている。だが、大人ケンヂにはこれが誰だか分かっているようだ。だけどさ、オバケなんていないよねと少年。どうかなと大人。

 更におじさんは「お前はこの先、もっと恐ろしいものを見ることになる」と子供に向かって恐ろしく不吉な予言を言い渡した。もっと恐ろしいものとは何か。彼が見てきた全てか。クライマックスはやはり血の大みそかであろう。少年は訳が分からないが、大人は「もういい、話は今度だ」と自分で始めた話題を一方的に打ち切り、マルオ達が来ると面倒だから、さっさと帰れと少年を追放している。これから彼もオバケとのご対面が待っており、忙しいのだな。


 落ち武者とくれば平家である。血はつながっていないが、私の遠い親類の出身地には平家の落ち武者伝説がある。村落は美濃の山奥にあり、ひと山越えれば近江で琵琶湖の東岸に出る位置にあり、伊吹山系が自然国境となっている。古文書によればこの地を開墾したのが平知盛の一族ということになっている。知盛は平家物語で私の好きな登場人物である。

 野球に例えればサヨナラ・ホームランを打たれた投手みたいな役割なので名将かどうかは知らないが、その最期は武士と呼ぶにふさわしく(脚色だろうが)、勝負が決まったうえは、これ以上の敵を死なすなと配下の者どもに言い渡して壇ノ浦に沈んだ。関係ない人を巻き込むなと言ったケンヂよりも、さらに一歩、奥が深い。原爆を投下したアメリカの論理と正反対である。


 その地は今も日常的に鹿や猪が出るという花札のような世界である。しかも、親戚の血筋は黒田官兵衛またはその舎弟の子孫ということに決まっていて、黒田氏といえば佐々木源氏の末裔だそうだから源平そろい踏みという贅沢なスーパー・ハイブリッド集落ということになる。

 さらに周囲には天の岩戸もあるし、君が代に出てくる「さざれ石」もあるし、春日局の生誕地もある。すべて事実ならば恐るべき史跡群であるが、現地のひとは「昔はあんなものはなかったけどねえ」と至って正直である。私としては次に何が見つかるのか楽しみなんだ。


 そこから山を南に下ると関ヶ原に出る。合戦の後は大谷吉継小西行長宇喜多秀家らがこの山村方面に落ちてきた。吉継は山中で自害、行長は捕縛されて斬首、されど傑作なのは秀家である。彼は大脱走を試みて何と八丈島まで逃げおおせ、天寿を全うしたというから見事というほかない。

 なお、この漫画で源氏といえば義経だが、ヨシツネの名の由来である本家本元はあれだけの功績を挙げ乍ら、やはり落ち武者となった。旧体制を打ち砕いた者は、新体制の下でしばしば「お荷物」になってしまうのだろうか。九郎判官も西郷さあもロベスピエールも非業の最期を遂げた。チェ・ゲバラは出て行った。いずれケンヂも...。


 さて、ハエのように追い払われた感じの少年ケンヂは「ちぇっ」と帰り際に言って振り返り、さすがは後年のロッカー、「ギター触らせてもらおうと思ったのに」と悔しそうだ。すでに彼は秘密基地においてラジオのFENで、ジャンピング・ジャック・フラッシュを聴いている。でもまだホウキ・ギターすらない。

 大人のケンヂは、ここでもう一つの大事な用件を思い出して声をかけている。「あの、宇宙特捜隊の...」と話しかけたが後が続かない。バクダンと違って、辛い思い出である。少年は「え?」と言ったまま、キョトンとしている。階下のマルオはそのバッヂを胸につけているから、すでに少年ケンヂは万引事件をひそかに起こしたあとのはずだ。

 ヴァーチャル・アトラクションには嘘が混じっているとしても、この出来事は外さないだろう。少年は気付かないが、話題に出したら話は長くなりそうだ。まあ、いいや行けと再び追い払われたケンヂ少年はご機嫌斜めで駆け去った。残されたほうのケンヂは、オバケにしちゃきつい殴り方だなと先ほどパンチを受けた左頬をさすっている。「そこにいるのはわかってんだよ」とケンヂは殴った奴に向かって言った。



(この稿おわり)





嘘で固めた都会の夕日 他人行儀になぜ赤い 
(2013年11月8日、東京にて撮影)





義経はここに源氏の白旗を立てたのだろうか 
(2013年12月13日、白河の関にて撮影)





 ほんとにオバケが出てきたら どうしよう
 冷蔵庫に入れて カチカチにしちゃおう

 だけど子供なら ともだちになろう
 握手をしてから おやつを食べよう

                      「おばけなんてないさ」




































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