私が若かったころ張本の三千本安打は脅威の大記録であった。そしてこの夏、イチローが四千本目を打った。いい当たりだったね。おめでとさん。しかし、これでもまだ上に二人いるのだ。
一人は存命のピート・ローズ。もう一人は、映画「フィールド・オブ・ドリームズ」でシューレス・ジョー・ジャクソンに、「あいつも来たがっていたが仕返しだ」と言われていた男。
その男はもうずっと昔の選手だが、性格が悪くてプレイも乱暴だったとの風評が現在に至るまで語り継がれてしまっている。記録まみれの選手でもあり、小学館の学年誌のスポーツ特集では常連でもあった。
しばらく前、地方公共団体のくせに壮大に破産するという信じられない歴史を作ったデトロイトにあるプロ野球団タイガーズの外野手、タイ・カッブの通算安打記録がイチローの歩む道の先にある。
第22集の第13話は「決着」。みんなして決着に忙しい章です。まずは、そのためにはるばる歩いてきたケンヂが”ともだち”に交渉を持ち掛けるところから始まる。すなわち、万博会場に集まった人たち全員の前で、俺がやったことを全部話す。「それで全部、おしまいにしよう」というのがケンヂの交換条件であった。
楽な仕事ではない。世界中で何十億人もの人が死んだ事件の発端は自分のせいだと言うという提案である。やっぱり、テロリスト遠藤ケンヂには暗い過去があったのだと思われかねない。
しかし”ともだち”には、そんなことなどなど、どうでも良いらしい。「おしまいになんかさせるものか、悪者め」と対話を拒絶している。そして、動かないロボットのリモコンを右手で抱えたまま、左手でジャケットのポケットから別の機材を取り出した。好きなんだよな、この男はこういう小道具が。
カツマタ君によると、それは「コントローラー」であり、円盤の操作に使うらしい。彼が動かせば円盤は万博会場に飛び、現地は血の海、誰もケンヂの告白など聴きはしないという。心がすさんだなあー。
過去にどんな辛いことがあろうと、他の人を巻き込んで死なせて良いはずがない。この時点で、”ともだち”は正常な判断能力を失っている。元々ないか...。どうやら彼は本気である。ケンヂやマルオたちの間に緊張が走る。言葉だけでは解決不可能とみて、ケンヂは立ち上がった。関東軍の長髪の総統を相手にしたときと同じ方法である。
ケンヂはギターを背負ったまま立って歩き出した。「もう終わりなんだ。やめろ」と言い聞かせようとするケンヂに対して、”ともだち”は「終わりなんかじゃない」と往生際の悪さを見せた挙句に、「おまえみたいな悪者は、まだまだ...」と禁句を口にしてしもうた。
悪者といえばサダキヨである。彼は2002年にモンちゃんを葬ってから、ひたすら自分がいい者なのか悪者なのか悩んできた。その都度、彼の結論は悪者に傾いてきたように思える。
桃源ホームの屋上でコイズミやカンナやヨシツネがどれだけ言葉を尽くしてくれても、マルオやケロヨンたちが仲間に入れてくれても、過去おのれが為したことは消えなどしない。されど今、サダキヨには起死回生の機会が訪れている。
少なくとも、自分よりはるかに悪い者が悪いことをしようとしている。”ともだち”が振り上げた円盤のコントローラーを握る右手首を、サダキヨは背後から握り締めて自由を奪い、「ぼくは、いい者だ」と宣告した。ともだちマスクのカツマタ君は驚きの余りか、全くの無言である。サダキヨも例によってナショナル・キッドのお面を付けたままで、いい大人が二人して異様な光景と言うほかない。
サダキヨは、「一緒に死のう」と言った。事ここに至っても、サダキヨの自責の念は消え去らない。彼はマルオに勧められても、かつて公園でミジンコの勉強をしていた少女だったキリコ製造のワクチンを打たなかった。もとより本人は生き残るつもりがない。
そして、”ともだち”の首筋には、サダキヨが握りしめた鋭い匕首が突き付けている。相手がワクチンを接種していようとなかろうと、ここで一緒に死ぬつもりなのだろう。かくのごとき緊急事態に遭遇し、かえってケンヂは落ちついたようにも見える。「よせ。もうやめよう、サダキヨも」と言って、二人の仲に割って入ろうとした。
このとき、サダキヨとカツマタ君の心中に去来したものを想像するのは困難である。ケンヂが仲裁の役を買って出ようとはあまりに急展開だったろう。ケンヂはサダキヨに、ナイフを寄こせ、俺が悪かったと、こちらにも謝罪している。”ともだち”が絶句し、サダキヨが「ケンヂ...」とつぶやいたとき、天上から思わぬ物が降ってきた。
(この稿おわり)
血の大みそか再び (2013年7月2日撮影)
少し遅くなりました。東京でも旧暦に七夕まつりがあります。 (同日撮影)
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