おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

巡らない季節の中で (20世紀少年第785回)

 上巻の第17ページ目。相変わらず、”ともだち”歴3年には季節感がなく、人々の服装も夏服あり冬服あり。潤いに欠ける時代の象徴か。「ごめんね」を繰り返すYシャツ姿のサダキヨに、「いいから、もうしゃべるな」とスーツ姿のマルオが声をかけている。腹部と頭部から出血となると重傷だ。プロレスなら飽きるほど観てきた。うまく頭から血を流すのも彼らの芸のうちなのだが、さすがに腹から出血というのは見たことないです。

 マルオはサダキヨの身体を担ぎ上げた。緊急搬送である。ところが、そこにマンガ家の氏木氏から、「ケンヂさん、ここに...」と声がかかった。ケンヂが目を見開き、マルオの巨きな全身に緊張が走る。二人とも「ここに」何が待っているかを、即座に理解したのだな。そうでなければ、彼らは先にサダキヨの安全を確保してから、”ともだち”を探したことだろう。その最期に間に合わなかったかもしれない。


 マルオは「おい、マンガ家」と呼び付けた。まだ、お会いしたばかりで氏木氏の名前を知らないのだ。マルオはジャケットを脱いで丸め、サダキヨの臨時マクラにしてから、あとの処置をマンガ家に任せている。氏木氏は今の東京に医者なんて、と反論を試みたが迫力負け。われら日本人は全般に短躯痩身なので、マライヤさんやマルオのような巨体の持ち主に信念をもって怒鳴られると勝負にならない。

 ケンヂが黙ったまま地面を見下ろしている現場にマルオがたどり着いてみたところ、”ともだち”が何か大きなものの下敷きになっている。どうやら断面が四角形のコンクリのような太い柱と、そこから突き出ている妙な鉄柱のごときもの。私はヘリに乗ったことはないし、空飛ぶ円盤は残念ながら見たこともないが、こんな大きくて重たそうなものがヘリコプターのパーツとは思えないので、たぶん円盤の部品なのだろう。


 その柱状の物体は、”ともだち”の腹の上にドーンと横たわっており、彼は身動きもできない様子である。とんでもないものと一体化したものだな。マルオが「”ともだち”...」と声を発したが思いっ切り無視されて、相手は「ケン...ヂ...」と、たぶん虫の息で言った。「ケンヂなら遊んでくれる」と、彼というか彼らというか、子供の頃からずっとそう思ってきたのだろうか。そんな気がする。

 ケガの具合は見た感じ、サダキヨよりもさらに深刻な状態である。先ほどまで、あんなに威張っていたのにグッタリしている。前に私は”ともだち”が最期の最期に右手を差し上げたことを不可解としたが、見ればどうやら、彼の得意の左手は柱に押しつぶされているようで、自由が効かないみたいだ。これぞ自業自得であろう。自分が造らせた円盤の残骸で、闇の左手は封印されてしまった。事ここに至っても、”ともだち”は未練がましく「ケンヂ、あそびましょ」と誘っている。「くん」は? 


 私の年代は青少年のころ人生の先輩たちから、若いうちに女遊びをしておかないと、中年になってから身を持ち崩すぞなどと忠告され、多くはこれを真摯に受け止めて実践を試みる。これとはまた別に、私が個人事業を始めたときも先輩同業者から、「ようやく事業が起動に乗り出したころに、女で失敗する人が多いから気をつけろ」と言わた。私はその類の危なっかしさを抱えているように見えるのだろうか。

 まあいい、カツマタ君の話だった。彼は遊びたくても遊べなかった。前にも書いたけれど少年時代、フクベエと山根に邪険にされた日、垣根越しにジジババの店へアイスを買いに走るケンヂやマルオを見たときに、あそびましょの一言が云えたら良かったのだ。でも実際は、その店で彼は酷い目に遭うことになる。


 ケンヂは言い聞かすように、だから言っただろう、俺達の遊びは終わりなんだと繰り返す。だからこんなマスクなんか、はすんだと手を伸ばすケンヂに、”ともだち”は最後の力を振り絞るように強い抵抗を示している。「だめだ、はずしたら終わっちゃう、だめだよ、僕達の遊びが...」ということらしいのだが、素顔のままでは遊べない理由は? 次回以降に考えるか...。答えが出そうもないな。

 ともあれ、こんな遊びのおかげで死んでしまった数千万の人たちも浮かばれない。マルオが柱をどけようとしてもビクとも動かないのを見て、ケンヂは一つの覚悟を決めたのであろう。「終わりだ」とゲーム・セットを決然と宣言したケンヂは、”ともだち”のマスクを外した。



(この稿おわり)





隠岐の島の遠景 (2013年7月8日撮影)





その田園風景  (2013年7月9日撮影)






 季節のない町に生まれ 
 風のない丘に育ち
 夢のない家を出て
 愛のない人に会う

 また、一つずるくなった
 当分、照れ笑いが続く

               「春夏秋冬」   泉谷しげる












































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