おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

マンハクの思い出 (20世紀少年 第703回)

 話題が万博になった途端に元気が出たケンヂに蝶々君も驚いている。ケンヂによると万博とは夏休みが終わると閉店になってしまうので、夏休みの間に行くべく必死になるものなのだそうだ。日本中の子供が行っているのに、俺はどうしようと焦るものなのだ。実感がこもっている。彼には辛い思い出であることを読者は知っている。

 蝶々君は「何の話ですか?」と全く付いていけない。無理もない。1997年に彼はピカブーが好きな子供だったのだから、エキスポ’70なんて生まれる20年以上も前のことである。

 私の生まれる20年前というと1940年だからリンゴ・スタージョン・レノンの生まれ年であり、真珠湾攻撃の前年である。同時代で体験しなかったことは、生まれる直前のことだろうと千年前だろうと歴史は歴史、過去は過去、カモメはカモメであって大して変わりがない。


 東京の万博なんてニセモノだと喝破したケンヂは、ついに立ち上がってしまい「新幹線で大阪に着いたら、そこは未来都市だ」と一人で盛り上がっている。地図で見ると新大阪駅大阪万博会場はかなり離れているのだが、うるさいことは申すまい。実際には行けなかったケンヂの中で万博は理想化されている。こういうことは私にもよくあります。それはそれで幸せだ。「俺たちの21世紀が待ってる」というケンヂの嬉しそうな様子に圧倒される蝶々君であった。

 子供のころ小学館学年誌で、「あと30年したら誰でも宇宙旅行ができる」という記事と、「あと10年したら日本列島はほとんどが海に沈むという予言がある」というのを読んだ覚えが鮮明にある。後者について私は怯え、なぜか一寸法師のように木のタライか何かで隣の半島に逃げようと本気で決意した。幸い実現しなかったが、でも前者はどうした。一向にその気配がない。人類は進歩したのだろうか。少なくとも調和とは程遠い世の中だろう。


 ケンヂが口にしているパビリオンのうち、ガスパビリオンの絵はすでに出てきた。あの顔が笑っているような建物だが、実際このパビリオンのテーマは「笑いの世界」だったと別冊アサヒグラフにある。内部にはミロ作成の陶器でできた「無垢の笑い」という作品があったそうだ。私は写真しか見たことがないが、今も大阪の国立国際博物館に展示されているらしい。

 ミロはバルセロナ出身。ダリも同郷。先日アップしたメッシのユニフォームは、世界最高峰のサッカー・クラブ、FCバルセロナのホーム用だ。ミロは大阪万博のために来日し、ガスパビリオンの壁に即興で大作の絵を描いた。彼との約束により、この絵はパビリオンの撤去と共に壊された。惜しい。もう一つ、ケンヂが挙げている住友館というのは、住友児童館のことだろう。目撃者たちの情報によれば、空飛ぶ円盤のような格好をしていたらしい。


 さて、ここから珍しくケンヂの心理の回想が始まる。彼はずっとガイドブックを読んでいたため、会場を知り尽くして本当に言ったような気分になったという。ただし、彼の「思い込み」とは、本当に行ったと日記に書くような妄執ではなく、太陽の塔の中には何か恐ろしいもの、例えば核ミサイルでもしまってあるんじゃないかという子供らしい空想であった。核ミサイルとは、さすがケンヂ、いい線いってるぜ。

 しかしケンヂの独擅場もここまでであった。なぜなら蝶々君がいきなり「僕、中に入りました」と話の腰を折ったからだ。もちろん「今の東京のほう」のニセモノ太陽の塔の中だ。彼が「言いそびれていたんです」と少し申し訳なさそうに語っているのは、彼がその中で見た核ミサイルなんかよりも「もっと、おぞましいもの」が、ケンヂと直接、関係があったからだった。


 言いそびれていたので悪い夢も見たのだろう。ようやく機会を得た蝶々君は、ルチアーノ神父に続いて塔の内部に入った話を始めた。「一人、いや二人?」の子供が遊んでいたとしか見えなかったという。何をしていたかというと「かくれんぼ」だというのだ。また出てきた「かくれんぼ」。絵を見る限り、「キャキャ」と叫んで走っている子供の影のようなものは「かくれんぼ」には見えない。むしろ鬼ごっこだ。触られたら鬼になります。

 しかし問題はその次のページのほうなのだ。曲がり角の壁に隠れて、こっちを見ている子供は影ではなく本物のようにも見える。一つ目が光っている。そして、その子が蝶野刑事に向かって「ケーンーヂくん。あーそびーまーしょう」と語りかけてきたのだ。彼はそれを「かくれんぼ」の誘いと受け止めた。この直感がもしも正しいとしたら、この仕掛けを作った者は子供のころケンヂやコンチたちが、かくれんぼで遊んでいるのを見ていて、でも仲間に入れなかったのかもしれない。


 ケンヂは再び無言になってしまった。彼が遊びましょうと言われるときは、ろくなことがない。2000年の夏はカスミガセキの地下で、また、同年の大みそかは夜の新宿で”ともだち”に誘われた。ここでまた2015年の万博開幕式でも呼ばれていたことがわかった。あとで分かるが、その仕掛けは今も残っている。変な話を聞いて嫌な予感と戦っているケンヂに、ここで朗報が届いた。

 スペードの市や氏木氏が、下水道から壁をくぐり抜ける地下道を発見したと報告にきたのだ。彼らは知る由もないが、これは姪のカンナたちが掘り抜いた地下の交通網のことだろう。蝶々君は心から喜んでいるが、ケンヂは「呼ばれちゃしょうがねえな」と先ほどの話を引きずっている。そしてサングラスをはずしながら「行くか、万博へ...」と言った。ようやく「東京行ってどうするか」が決まったのだ。実際にはかなり遠回りすることになったが。



(この稿おわり)




帝国劇場前。囚人番号は24601。 (2013年4月23日撮影)


































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