おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

タイムカプセル (20世紀少年 第486回)

 第16集の31ページ目から6ページにわたり、万博を巡るサダキヨとフクベエの会話が描かれている。この間のサダキヨは、前半は座っているだけ、後半は立ちすくんでいるだけだが、表情が微妙に変わり続ける。彼の眉と目元と口だけのわずかな描線で、少年の心の動揺が緻密に表現されており、さすが浦沢直樹というほかない。

 帰って来たヨッパライは天国への階段を下りる途中で転落事故を起こしたが、幸い、畑のど真ん中に無事、着陸している。だが、この日のサダキヨの心境は、天国から地獄に突き落とされたようなものだ。最初のうち、アサヒグラフ増刊の万博特集を読みながら、サダキヨはなぜか寡黙なフクベエの背に向かって、盛んに万博行きの楽しみを語る。

 
 日本人は昔から旅行が好きな民族のようで、私もその例外ではない。旅というのは旅行中ももちろん楽しいが、出発前にあれこれ計画するのも楽しいものだ。サダキヨもオッチョ達と同じように、行ってみたいパビリオンの話をし、ずっとガイドブックを見ていたから、もう行ったような気分だと興奮し、”ともだち”と一緒なら何倍も楽しいよと健気である。

 そして、「いつ行くの?」という当然の質問をした彼は、振り向きもせずにフクベエが言い放った「行かないよ」という信じ難い返答を聞いて、その前半生で一番幸せだったかもしれない日々が瞬時に終わった。思わず理由を問うが、相手は「うるさいな。行かないったら行かないんだ」とにべもない。


 つい、サダキヨは尋問口調になってしまった。お父さんがダメと言ったのか、大阪の親戚がダメと言ったのか、約束したよね、計画したよね...。しかし返事は「いつから僕にそんな口のききかたができるようになったんだ、サダキヨ」という氷のように冷たいものであった。

 ここでフクベエは「行かない」と言っているだけで、「行けなくなった」とは表現していない。行けるつもりだったのに行けなくなったケンヂとも違うし、とても行けそうもないとおそらく分かっていながら、それでも行こうとしたドンキーとも違う。彼が万博に行くはずだったという証拠はどこにもない。文集”ゆめ”の作文は、創作だったのだろうか。

 
 フクベエ少年の部屋は、後半、何回も描かれているが、親兄弟ほか家族は一切出てこないので(姿どころか話題すら出ない)、どんな家庭環境なのか見当もつかない。まるで一人で暮らしているかのようである。マンガとプラモに埋もれて黙ってじっと過ごしているかのような姿は、虫に例えたらクモのような感じであり、サダキヨはその巣に引っかかった羽虫のように切ない。

 フクベエは続いて「連れてってもらう奴が、えらそうな口きくな」と言うのだが、連れて行かないのだろう? 威張れる立場ではあるまい。次に彼は、「僕はおまえなんかと同じじゃないんだ」とまで言った。そう、サダキヨは酷薄でも陰険でもありませんから、同じじゃないというのは正しい。さらに、フクベエは「お前のお面、貸せよ」と意外なことまで言い出した。


 その続きは次回以降に譲って、もう少し面白い話題で終わろう。先日ご紹介した「なつかしき未来『大阪万博』」という本に、「タイムカプセル」というコラムがある。私も小学校卒業のときに何か埋めたような記憶違いのような、あやふやな覚えしかないのだが、ケンヂたちが秘密基地閉鎖の際にカンカラを埋めたのも、この万博のタイムカプセルから着想したのかもしれない。

 大阪万博のタイムカプセルは二つあるそうで、そのうち一つは何と5000年後に開くらしい。誰かちゃんと覚えていて、かつ数えていますように。その心配もあってか、もう一つのカプセルは、西暦2000年から100年ごとに開けることになっているそうだ。実際、2000年に開けてみたところ、ある説明文によれば「週刊少年マガジン」や「平凡パンチ」などが出て来た。やっぱり。


 その他、当時の写真を見ると出土品は多岐にわたり、おもちゃ、トランジスタラジオ、無線機、旗(ただし、俺達の旗ではなくて、ちゃんとした日の丸)、レコード、スナップ写真等々。成人映画のポスターは見当たらないが、ともあれ時代を感じさせる品々である。電化製品が多いのは、スポンサーに地元の松下さん(今のパナソニック)が名を連ねているからだろう。
 
 このタイムカプセルが埋められたのは、万博翌年の1971年だそうだ。ケンヂたちがカンカラを埋めたのは、1970年から71年にかけての冬のことだから、ほぼ同時期である。さて、困ったことに私はカンボジアからの帰国直後で多忙もあってか、2000年のニュースを見逃した。次は2100年ね。まあ、取りあえず待ちますか。

 


(この稿おわり)





雲もだいぶ秋めいてまいりました。
上は残暑の9月17日。
下は9月29日早朝。


























































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