おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

福寿庵 (20世紀少年 第657回)

 スナック「ちえこ」に続く場面の舞台は、そば処「福寿庵」。いかにもお目出度い名前です。親父さん譲りの商号か。ケロヨンが営む蕎麦屋のお店。赤ん坊が泣いている。抱いているのは「残り物には福がある」のを体現したケロヨンの奥さんで、幸い生まれた子はオタマジャクシではなくて普通の人類であり、のちに親父顔負けの活躍を見せている。

 泣いているのは腹を空かせているのか。母が言うには、ケロヨンが遊び歩いているので、ミルクを買う金もないという。ケロヨンはこの日、パチンコに行ってスッカラカンになって戻って来たのだ。酒と女と博打、これでは金がもつまい。鳴った電話に出てみれば、相手はアケミでパスポートの取り方を訊いている。


 ケロヨンは店に電話を架けてくるなと焦っており、さらにハワイは中止で熱海だと叫んでいる。ワイハは口説くための方便か。それとも、これからパスポートを申請しても間に合わないと判断したか。そんなときに隣のFAX機がカタカタと動き始めて(第5集12ページ目ご参照)、目玉印と「このマークを俺たちのもとにとりもどそう」という匿名の招待状が届いた。

 ケロヨンはそれどころではなく、電話口ではハワイはどうすんのと責められるし、店内では奥さんに女だろと正確な指摘を受けてしまい、板挟みのど根性ガエルみたいになっている。怒りのあまりケンヂからのメッセージを丸めて捨てたケロヨンであった。次のページは西暦2000年12月31日。前にも触れたが商店街の絵は、ケンヂとカンナが〇龍でラーメンを食べた後で歩いていた道と同じ。


 ケロヨンが福寿庵の暖簾を下ろしている。年越しそばの客も終わりだと言っているのだが、大晦日にこんな早く閉店する蕎麦屋があるかいと奥さんは怒っている。そりゃそうだ。今はどうだか知らないが、昔は日付が変わって元日になっても明け方まで蕎麦屋はやっていたものだ。ケロヨンの下心が丸見えである。

 奥さんは別のFAXを見せて、女と暗号でやり取りしているのだろうと責めに責める。目玉印に今回は「力になってほしい 最後の頼みだ」と添え書きがある。ケロヨンはもちろん、このマークを知っている。1997年、ドンキーの葬儀の夜、一緒にみんなで掘り起こした旗印なのだから。だが、彼は「関係ねえよ」と放置した。この時点では最低と言われても、確かに返す言葉があるまい。


 もっとも、仲間が地下に集まった日、ヨシツネによるとケロヨンは「断ってきた」ということだから、一応、欠礼の返事はしたらしい。彼は奥さんの呼びかけを背中で無視して大きなバッグを下げ、熱海行きの急行に間に合うよう夜道を急ぐ。紅白歌合戦も見ないのだ。

 コイズミの担任によると異変が起きたのは紅白の最中であった。NHKの「紅白歌合戦ヒストリー」というサイトによれば、2000年は白組の初出場にポルノグラフィティー、平井堅氷川きよしと並んでいて新人豊作の年である。紅組では鈴木あみ安室奈美恵が、コムロのプロデュース作品を歌っている。


 ケロヨンはサイレンの音を聴いて、「火事か?」と訝った。それにしては大勢の人々が慌てて走って逃げてくる。しかも、その中にネグリジェ姿らしきアケミまでいたのであった。そんな恰好で熱海はと言いかけたケロヨンだが、驚いたことにアケミは荷物で彼を押しのけて、「逃げるのよ」と叫んで走り去った。彼女の無事を祈る。

 道に転んだケロヨンは、尻餅をついたままで「逃げる?」と茫然自失の体であるが、その間も手荷物だけ抱えた人たちが次から次へと駆けてくる。遠くから、「ズーン、ズーン」という音が。「俺は最低だ」と後のケロヨンは振り返っている。このあと、まさか熱海には行かなかっただろうし、生き延びたのだから巨大ロボットに近付くことなく遠くに逃げたか自宅に戻ったか。


 このときから2015年のニュー・メキシコまで、ケロヨンがどこで何をしていたのかは不明である。渡米はお子さんがある程度、大きくなってからだろう。自分とは無関係だと切って捨てたケンヂたちが、21世紀に入ってから”ともだち”にテロリスト扱いされているのを聞いて、彼は相当、苦しんだに相違ない。だが、ともだち暦3年、失地挽回のチャンスが巡ってきたのだ。

 おまけ。スポーツ・マスコミなどで、監督が選手を叱咤激励したときなどに「檄を飛ばした」などと書くが誤り。激(さんずい)ではなくて、檄(きへん)は檄文などといった用法があって、曹操董卓を討つ際に諸国の将に決起を促す文書を送ったときなどが、まさに檄を飛ばすだ。ここではケンヂがケロヨンに檄を飛ばしたのだが、残念な結果に終わったのだった。



(この稿おわり)



 


飯田橋にお立ち寄りの際は是非どうぞ。ビールも美味しい。 (2013年3月9日撮影)











































.