おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

出前 (20世紀少年 第447回)

 昨日(8月20日)は、ケンヂおじちゃんの誕生日でしたねえ。私としたことが。おめでとう。

 第15巻の第3話は、「刺青の男」というタイトル名。レイ・ブラッドベリの短編集にも、ローリング・ストーンズのアルバムにも同じ邦題のものがある。どちらも、もう20年以上も手にしていないなあ...。後者は学生時代に発売された。「スタート・ミー・アップ」のリフで始まるやつだ。


 この章における刺青の男とは、日本にたどり着いたルチアーノ神父のことだが、仁谷神父も出て来て「私と同じようなもんだがね」と言いながら刺青を見せて、洋の東西の意匠比べをしている。以前から両神父が知り合いだった形跡はないので、ルチアーノ神父がどういう事情で歌舞伎町に来たのか分からない。ナポリのストリートと同じ匂いがしたか。

 歌舞伎町で早速、彼はタイと中国のマフィアに絡まれたらしい。それはそうだ。刺青姿の異国の同業者にショバを闊歩されて、黙って見過ごすようではマフィアは務まるまい。その結果、ルチアーノ神父はタイ人5名と中国人8名を倒し、巡査を4名病院送りにして、ようやく捕まった。強え。まるで十代のユキジのようではないか。


 もっとも、話の展開はカンナが捕まったときと似ている。彼女も中国とタイのマフィアの抗争に首を突っ込み、歌舞伎町で騒ぎを起こし、蝶野刑事を殴り倒して公務執行妨害で現行犯逮捕され、同じ刑事の尋問を受けている。ルチアーノ神父の場合、最初はイタリア語ができるらしい芦川刑事が取り調べを担当したが、神父が完全黙秘を貫いたので腹を立て、神父の本を床にたたきつけて昼飯に出かけてしまった。

 芦川さんが合流した二人の同僚のうち、一人はチョーチョがお母さんからもらったお守りの束を拾ってくれた斉木刑事である。斉木さんはテレビの報道画面を観ながら、こういうのに慣れて来ちまった自分が怖いと率直な感想を述べている。ニュースでは殺人ウィルスが中央アジアを襲い、トルクメニスタンでは10万人を超える死者が出た模様と伝えている。刑事三名は、ハイマートリヒトのペーターと同じようなマスクをして出かけた。いざというとき、これでは心もとないと思うが...。


 芦川先輩が尋問の引き継ぎに選んだのは、学生時代に第二外国語でイタリア語をかじったという後輩であった。そのイタリア語に限って言えば、ほとんど役に立たなかったが、それでも神父は、神のご加護によるものか、とても幸運であった。日本の警察官で初めて法王暗殺計画に接し、ある程度は事情に通じている刑事が相手になったのだから。

 床に投げられた本を拾って手渡しながら、「俺、ガキの頃、じいちゃんにこれだけは厳しく言われたんだ。人の本は粗末にするなって...」と蝶野刑事は言った。だれでも、じいちゃんは二人いるが、読者としては母方のチョーさんだと読むだろうなあ。

 将平ちゃんがまだピカブーに夢中だった年ごろに(おそらく小学校の低学年か)、祖父は不慮の死を遂げたし、そもそも娘の家には殆ど出入り禁止だったはずなのだが、しつけに参加する余裕があったかどうか...。とはいえ、私事ながら幼稚園児だったときに急死した父方の祖母が唯一、私に遺した「他人様から頂いたお金は大切にしなさい」という躾けは今も忘れない。


 さて、蝶野刑事は伊和・和伊辞典を片手に、パスポートがどうの、名前がどうのと神父相手に悪戦苦闘しているのだが、容疑者が身動きもしないので諦めた。その途端に、神父は机を左腕でドーンと叩いて刑事を縮み上がらせて黙ってもらい、急にイタリア語で何事かを繰り返し語り始めた。蝶野刑事は全くヒアリングができない。
 
 幸い漫画では文字になっているので、イタリア語はチャオとシニョールぐらいしか知らない私でも、ある程度は見当がつく。二行目の「assasinato」は英語のアサシネイションすなわち「暗殺」のことだろう。三行目は明らかに「日本において」である。

 そして一行目の「papa」が問題だ。神父が何度も繰り返したおかげで、ようやく刑事もこの単語だけは聴き取るのだが、「パパがどうしたって?」と、若干、方向が逸れている。オンライン辞書で調べてみると、伊語の「papa」は、二つ目のパにアクセントを置いて「パパー」というふうに発音すれば父親だが、一つ目のパにアクセントを置いて「パーパ」と呼べば法王を意味するそうだ。


 だが、刑事の理解がそこに至るまでには、もう少し手間がかかった。蝶野刑事は取り調べに行き詰まりを感じ、「腹減ってない? 出前、とろうか?」と話を変えた。自分が腹減ったからだろう。私の長年の経験によれば、自白を迫る刑事さんが取調室で出前を取るときはカツ丼と相場が決まっている。

 しかし、蝶野刑事は「新宿来たら食べたほうが良い。マジで。」という理由により、ラーメンをとった。もちろん自家消費分も含めて2食。どんぶりに「七龍」と書いてある。このチャーシューとネギがたっぷり入った特製ラーメンは、ケンヂやカンナ、マフィアの親分たち、ユキジや神様やコイズミに食い継がれ、評価され続けた逸品である。

 だが、神父はせっかくのジャポネーゼ・パスタには目もくれず、同じ言葉を繰り返すのみ。刑事がようやく「papa」を聴き取った段階で、神父は言語によるコミュニケーションを早々に断念し、ボディ・ランゲージに切り替えた。以後、お互い相手には全く理解できない母国語だけを喋る二人だが、会話は見事に噛み合い始めた。



(この稿おわり)



ちょっと見えづらいですがカサゴ。(2012年7月10日撮影)



亀は意外と早く泳ぐ。(2012年7月12日撮影)





むかし鉄の雨に撃たれ、父は.... (2012年7月12日、沖縄にて撮影)















































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